Web版 有鄰

517平成23年11月10日発行

湘南 C−X の都市デザイン – 1面

菅 孝能

工場撤退がまちづくりの始まり

電車がJR東海道線辻堂駅に入ると、駅の北側に真新しい街並が眼に入ってくる。湘南C−Xと呼ばれる新しいまちづくりが行われているのである。約30ヘクタールの広さを持つ多様な機能を持つ都市拠点が形成されようとしている。

辻堂駅周辺地区の愛称「湘南C−X」は、全国から公募して名付けられた。「C」はCity, Culture , 発音からSeaを表わし、「X」はCross , 辻堂の「辻」を意味している。ロゴマークも人・モノ・情報などが交流するにふさわしい結節点をモチーフにしている。

ここには昭和11年創業の関東特殊製鋼株式会社(通称カントク)の本社工場があった。カントクは金属板、型鋼、金属線材等を作る圧延用鍛鋼ロールを始めとする各種鉄鋼ロール製造のトップメーカーであるが、平成14年11月に全面撤退した。

湘南は明治の別荘保養地から発展してきた良好な住宅都市として評価が高いが、一方、京浜から湘南にかけての東海道沿線は、戦前より日本のトップレベルの製造業の立地する工場地帯でもあった。戸塚の日立製作所、大船の三菱電機、藤沢のミネベア・日本精工、平塚の横浜ゴム等、今も活発に操業している企業がある一方、平成7年頃のバブル経済の崩壊や社会経済のグローバル化の煽りで撤退や土地利用の転換を余儀なくされたものも少なくない。工業出荷額で県内4位の都市である藤沢市内でも村岡の武田薬品湘南工場(現在は武田薬品湘南研究所)、次いで辻堂のカントク、さらには、辻堂元町の松下電器産業藤沢工場(現在「Fujisawaサスティナブル・スマートタウン」を計画中)と3つの大工場が撤退して土地利用転換が図られている。

辻堂駅周辺地区は藤沢市都市マスタープランにおいて藤沢駅都心部、湘南台駅周辺地区、慶応大学のある健康と文化の森地区、片瀬・江ノ島地区と並ぶ五核の1つに位置づけられてきたが、駅前に大規模工場があるため都市基盤整備が進まず、市民利用施設も少なく、地域住民に不便を強いてきた。カントクの撤退は辻堂駅周辺地区の都市整備の千載一遇の機会となったのである。

一方、このような大規模な土地利用転換は、自治体の都市経営に大きな影響を与える。大企業の撤退は、市内の取引企業や業務サービス・商業者に影響を与え、自治体の財政構造を変え、経済産業政策・都市計画の再編を迫ることにもなる。

地権者企業からはまず、住宅団地の構想が市に打診された。住宅団地開発は、事業者にとって確実で旨味のある事業だが、市にとっては、昼夜間人口のバランスを崩し、法人市民税の減った分を団地居住者の個人市民税では充填できないため市税収入が落ち込むだけでなく、子弟の保育教育施設の新増設やサービスなどの支出要因が増えて、都市経営上の負担が大きくなる。辻堂駅周辺地区の都市拠点の形成も住宅が主では中途半端なものになってしまう。 

市としては、新しい産業の導入と雇用の場の創出により昼間人口の維持を図るだけでなく、市税収入の落ち込みを防ぐと共に、新たな行政投資は市税収入見込みに見合ったものにしたい。そのためには、地勢や駅勢圏を見据えた広域的な都市拠点および湘南の環境と文化の拠点を形成して、藤沢市の都市・経済産業構造再編の先導役を担わせたい。

平成15年、辻堂駅周辺地区に対する藤沢市の基本認識といえる「都市再生ビジョン」の策定を手伝ったのをきっかけに、私は計画づくり、事業や開発の誘導手法の策定、施設の計画・設計協議と継続的に関わることになった。

先ず、藤沢市と地権者企業の間で、協働してまちづくりを進める大方針を確認する「協定」が締結され、「都市再生ビジョン」をもとに、工場跡地だけでなく周辺市街地も含めた地区のまちづくりを進めるために、地権者企業や市民・地域住民、専門家と行政による協働体制のもと整備計画を立案した。 

地域住民・市民の目線で議論した「藤沢市辻堂駅周辺まちづくり会議」は、湘南C−Xのまちづくりに対して「私達が考える辻堂駅周辺地区の将来ビジョン」を市に提案した。

一方、市が主導する「辻堂駅周辺地区整備基本計画検討委員会」には地権者企業、県、市等が参画し、平成16年2月に「藤沢市辻堂駅周辺まちづくり会議」の「将来ビジョン」も反映される形で「辻堂駅周辺地区整備基本計画」が策定された。基本計画を受けて辻堂駅周辺地域(約30ヘクタール)を国の都市再生緊急整備地域に指定、土地利用計画、都市基盤施設計画が策定され、道路や公園などの都市基盤や画地の整備が土地区画整理事業により行われた。

統一感のある街並で個々の建物の個性を発揮

湘南C−Xでは個々の建築デザインの質の向上を目指したのはもちろんであるが、それ以上に重視したのは建築物や公共施設が創り出す都市空間相互の関係のデザインであった。建物の壁面の位置、高さ、色彩、緑化、人や車の出入口などがバラバラでは、快適な街の印象を与えることはできない。1つの統一感のある街並の中で、個々の建物の個性を発揮してこそ、街としてのブランド力は増す。事業者や建築設計者は、得てして単体としての建築設計に専念し、集団としての建築という視点が抜けてしまいがちだから、それぞれの敷地が周りの環境と関係するさまざまな文脈を事業者・設計者に示し、それを計画設計に盛り込んでその敷地ならではの計画設計を実現する創造性を常に刺激する必要がある。

土地利用等を誘導する「辻堂周辺地区まちづくり方針」、空間相互のデザインを通してより快適な都市空間を誘導する「湘南C−Xまちづくりガイドライン」の2つの指針を示すことで、敷地と公共空間、敷地相互、建物相互の関係を創造していく手掛かりを提供したのである。

「湘南C−Xまちづくり調整委員会・土地利用・景観部会」を設けて、進出事業者の計画の土地利用や景観形成に関する協議や調整を行い、事業者・設計者の創意工夫を促した。部会は都市計画、建築、造園、色彩などの6人の専門家、藤沢市の担当三課長の9人とオブザーバーとして区画整理事業施行者である都市再生機構で成っている。事業者と部会の意見交換をもとに事業者が修正案を提示して双方が納得のいくまで協議を繰り返し、1つの施設計画に対して少ないもので4・5回、多いものでは20回を超える協議を重ねてデザインを調整してきた。 

湘南C−X完成イメージ(模型)

湘南C−X完成イメージ(模型)

図面や透視図だけでなく模型を使って、通り沿道の街並デザインの考え方を議論し、高さや建物の規模、壁面の位置、ビスタ、オープンスペースや広場の取り方、建物の形態、人や車のアクセスなどについて、周辺との関係を先ず事業者と部会で確認し共有しながら、各敷地のサイトプラン、建築計画、デザインを調整した。壁面後退による歩道状空地となる部分は、歩道と同材の舗装材を使用し、隣地境界部には塀などの障害物を設置しないように要請し、通りに沿った植栽の樹種や擁壁のデザインは隣接する敷地の事業者、設計者同士で直接調整することも促し、歩道と一体性のある歩行者空間の創出を図った。こうしてデザイン協議の場が事業者・設計者と部会が対立あるいは上意下達の関係ではなく、お互いに知恵を出し合い、デザインを高め合う場になった。

どのような街ができあがるのか

姿を現してきた街の姿をざっと見てみよう。先ず、北口駅前広場とデッキが整備され、それに繋がる広い南北自由通路を持つ辻堂駅の改良と南口の改修も行われた。デッキからは湘南C−Xの全貌を見渡すことができる。駅のホームと駅舎も拡充された。西口の拡充整備も進行中である。

テラスモール湘南

「テラスモール湘南」

辻堂駅とデッキで直結している大型商業施設は281店舗が集積する多核モール型の湘南地域最大級の規模を持つが、「テラスモール湘南」と名付けられたようにバルコニーや壁面を緑化した段丘状の建物が「湘南みどりの丘」をイメージし、湘南に住む人々のライフスタイルに応えようとしている。各階のバルコニーは店舗の外部テラス席の空間や屋外の回遊動線にもなり、「湘南ビレッジ」と名付けられた建物前のオープンモールには湘南各地や海外のリゾートのユニークな路面店が配置されて、湘南らしい青空の下のショッピングが楽しめる。

北には隣接して湘南C−Xの中心となる公園が整備されている。駅前広場から北に延びる大通りの向かい側には業務・産学連携、広域行政サービス、ケーブルテレビ局、企業の研究開発施設などの産業関連施設等のオフィスビルが並びつつある。さらに公園の北側には、高度先端医療を担う総合病院が整備される。西口側には小中学校の教室を新増設しないで済む戸数の集合住宅が民間三事業者によって整備されている。

11月11日の「テラスモール湘南」の開業をもって湘南C−Xは本格的なまち開きを迎える。産業・文化・生活が響きあい、新しい成長産業を生み出し、湘南ならではのライフスタイルを展開・発信する広域的な都市活動拠点として育っていくのはこれからである。スタート地点に立った湘南C−Xに沢山の方々が訪れ、街のスタイルを育てて欲しい。

菅 孝能氏
菅 孝能 (すげ たかよし)

1942年山口県生まれ。 山手総合計画研究所代表取締役・一級建築士・藤沢市景観審議会会長。共著『図書館建築22選』東海大学出版会 4,500円+税、ほか。

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