Web版 有鄰

517平成23年11月10日発行

森谷明子と『緑ヶ丘小学校大運動会』 – 人と作品

運動会の1日を舞台にした長編ミステリー

森谷明子氏
森谷明子

不可解な出来事に、子どもと大人が奔走

緑ヶ丘小学校は、住宅街の中にある児童数400人弱の公立小。秋の運動会が、「推理」の舞台に。不可解な出来事の謎を解こうと、子どもと大人がそれぞれに奔走する。

「この小説の着想は、子どもが通う小学校の運動会を見にいったときに生まれました。運動会は、子どもにとっても大人にとっても特別な1日なんですね。特別な1日というのは、何か起きたら珍しい展開があるのだろうなと、開会式で来賓の挨拶を聞いていたときには物語が浮かび始めていたと思います。タイムスケジュールなどのルールがいつも以上に定められた場所で、何かハラハラする出来事を描けないかと考えました」

物語の中心人物は、小学6年生のマサルと、父親の石田真樹夫。母親の知子の病死後、2年前から2人暮らしの父子だ。小学校最後の運動会の日、マサルは大張り切り。ところが優勝杯の中に薬の空シートを見つけ、出所の推理を始める。一方、父の真樹夫は、子どもの間で妙な薬が流行っていると耳にする……。

「母親のネットワークに溶けこんだ人間ではなく、多少部外者的な感じを持たせられている人の方が、学校に対してユーモラスな視点を持てるのではと。それで、父親を視点人物にしました」

1人で父親役と母親役を引き受ける真樹夫は、高学年は7時半登校であることをうっかり忘れ、朝食とお弁当の準備に遅れてしまった。運動会に駆けつけると、狭い校庭は親たちでぎっしり。ママたちは、携帯片手にメールを交換。現代のディテールが、物語に巧く生かされている。

「携帯電話は、昔はみられなかった小道具です。自然発生的に広がる携帯電話のネットワークは、クラスの連絡網や仕事の連絡手段と違い、誰かが管理しているわけではないから、外れる人や、自然に中心的な存在になる人がいる。コントロールされていない分、突拍子もないところに繋がっていく可能性もある。ネットワーク社会のゾクッとする怖さも、暗示してみたかったことでした」

登場する家庭はそれぞれ葛藤を抱えているが、物語の読み心地は爽やかだ。母親を失った悲しみをこらえ、さりげなく支え合う石田父子をはじめ、みんな頑張っている。

「先行きは混沌として、考えると不安なことがたくさんあるけれど、とりあえず子どもが毎日ご飯を食べて、笑ってくれていたらオッケーというのは、私の実感なんですね。この小説で子どもたちを書くのは、本当に楽しかったです。どの子もそれなりに真剣。否定されないものを、子どもはちゃんと持っている。今の子は大変だね、窮屈そうだねと、大人は言いがちですが、今しかない、ほかの世界を選べない子どもに失礼ではと思います。大人にはノスタルジーの運動会も、子どもには目前の課題。どの子も主役で頑張っているよと、そこは基本線にして書きたかった」

王朝ミステリーも書きながら現代物にチャレンジ

1961年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。2003年、紫式部を探偵役にした王朝ミステリー『千年の黙 異本源氏物語』で鮎川哲也賞を受賞してデビュー。著書に『七姫幻想』『矢上教授の午後』『白の祝宴 逸文紫式部日記』などがある。

「読書歴の原点に近いのは、小学生の頃に読んだクリスティやドイルといったミステリー。中学で古典を読み始め、『枕草子』や『大鏡』のゴシップ的なところを面白がって読んでいました。ミステリーも古典も、人間のすったもんだや小細工が楽しくて、境界を感じませんでしたね。大好きな作家、カニグズバーグのような作品を書けたらと自分で書き始めたのは30歳少し前。児童文学の賞で最終選考に残った際の河合隼雄さんの『説明的』という選評を機縁に、ミステリーの賞に応募先を変えました。私は何か事件があると、なぜそれが起きたのか妄想が膨み、遡って説明するのが好きな性分ですので、ミステリーが向くのかなと後付けで考えました」

横浜市の図書館に勤務していた。2005年刊の第2作『れんげ野原のまんなかで』は、本好きな司書が活躍する現代物。9月に文庫化された。

「王朝ミステリーも書いていきますが、同時代に生きている人の言葉を書きたいですから、できるだけ現代物にチャレンジします。時代が違っても、自分を前向きに評価してくれる人、受け止めてくれる人を欲するのは、誰しも変わらないと思います。ごちゃごちゃやりながらでいいよね?と、日常生活に対して肯定的に生きたいですね」

(青木千恵)

『緑ヶ丘小学校大運動会』・表紙

緑ヶ丘小学校大運動会』 
森谷明子/双葉社/1,600円+税

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