Web版 有鄰

517平成23年11月10日発行

有鄰らいぶらりい

雪男は向こうからやって来た』 角幡唯介:著/集英社:刊/1,600円+税

2003年に朝日新聞社に入社、2008年、退社を決めた著者は、同年3月、雪男の捜索隊に誘われた。元登山家の高橋好輝が率いるイエティ・プロジェクト・ジャパンが3回目の捜索隊を組織し、8月に出発するという。

登山家の間で雪男の目撃談は多く、女性として初めてエベレストに登頂した田部井淳子や、ヒマラヤの8,000メートル峰六座に無酸素登頂を果たした小西浩文も見たという。ルバング島で残留日本兵・小野田寛郎を発見した冒険家、鈴木紀夫も――。

別の目標を抱いて退社を決めた時期に、降ってわいた雪男の捜索。未確認生物を探しに行くなど、21世紀に夢を追いすぎだと困惑した著者だったが、人々がなぜ雪男を追い求めるのか、捜索隊に加わり、雪男を見たという人を取材していく。ヒマラヤで遭難死した、鈴木紀夫の遺稿と足跡をたどり、見えてきたものは――。

著者は、早稲田大学探検部OB。豊富な読書に基づく巧みな文章、的確な取材力、人跡未踏の地を目指す探検家精神と行動力が持ち味だ。本書では、未知の生物を追う人々の情熱と生きざまを描きだした。デビュー作『空白の五マイル』で数々の賞に輝いた探検作家によるスリリングなノンフィクション。

マンボウ家族航海記』 北 杜夫:著/実業之日本社/600円+税

マンボウ家族航海記・表紙画像

マンボウ家族航海記
実業之日本社 刊

物静かで、「ごきげんよう」と丁寧な言葉遣いだった著者は、中年期に躁鬱病に罹患し、生活が一変。ウツのときは寝込み、ソウのときは言葉遣いが乱暴になり、手当たり次第、何にでも手を出す。最初の大ソウのとき、とんでもない騒動に発展したのが、株への投資だった。初めは協力していた妻が、やがて後ろから羽交い締めにして止めるようになり、家じゅうヘトヘトの日々となった。

本書は、1986年から文芸誌『週刊小説』でスタート、現在も『月刊ジェイ・ノベル』で継続中のエッセイの中から、家族内の出来事を中心に編んだ1冊。著者84歳の現在まで、実に25年に及ぶ連載の筆致に揺るぎはなく、内容は、どれもこれも面白い。「家族旅行がしたい」という娘の願いを聞き入れ、横浜へ大旅行(?)、その娘が結婚することになってストレスを受け……。特に株騒動のくだりは壮絶だ。歯止めが利かない、悪夢のような日々。そんなさまざまな騒動に家族は向き合い、何とか座礁せず、航海してきた。

辻邦生、遠藤周作、埴谷雄高、星新一ら、著者と交流した大作家の姿も偲ばれる。読者を笑わせ、しみじみさせる力量に唸る、珠玉のエッセイ集。文庫オリジナル。

無罪』 深谷忠記:著/徳間書店/1,600円+税

幼い一人息子が通り魔に殺害され、わが子の後を追い妻が自殺。愛する妻子を奪われた新聞記者の小坂宏樹は、犯人・江守に下された判決を聞き、蒼白になった。懲役6年。シンナーの過度な吸引による心神耗弱の状態だったとして、刑法第39条が適用され、刑が減軽されたのだ。小坂は心の中で復讐を誓う。

生活が荒んで暴行事件を起こし、松本支局に左遷された小坂は、取材中、交番に駆け込んできた女と出会う。不審な人物に子供が連れ去られそうになったと訴える女は、警官に対し、自分の名前と住所を答えたくないと言う。女と子供は、刑法39条を擁護する社会学者、平沼克則の妻子だった。平沼の妻・香織は、かつて重罪を犯し、人目を避けて生きていた――。

《心神喪失者の行為は、罰しない。②心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。》と定める、刑法39条を題材にした長編ミステリー。小坂は犯罪被害者であり、平沼香織は、厳罰に相当する罪を犯して免罪された加害者だ。犯罪は、関わる者すべての生活を打ちのめし、生きながらえても、心身の深傷から立ち直るのは容易ではない。刑法39条の是非を描くのではなく、登場人物の心理をつぶさに追い、真の贖罪とは、赦しとは何かを問う。重いテーマを描ききった書き下ろし。

黒船の再来』  ベントン・W・デッカー他:著 横須賀学の会:訳/博文館新社/各3,000円+税

1946年、著者が日本に到着したとき、横須賀は木造家屋がひしめき合い、住民は飢え、厳しい冬の寒さをしのぐための一束の薪が贅沢品だった。〈この国は学ぶべきものがある!〉と、著者は妻に手紙を書いた。〈日本人がどんなに貧しいか、そして彼らにとってこの戦争がいかに莫大な負担であったか、想像を絶するものがある〉。

本書は、1946年4月から1950年6月まで、米海軍横須賀基地第4代司令官を務めたデッカー少将と夫人による回想記。飢えて失意のどん底にありながらも、温厚で礼儀正しく、勤勉な日本人の姿に驚いた著者は、相手国を尊重する占領行政を打ち出し、勝利者の傲慢を戒めた。

わずか4年の間の、夫妻の行動力は目覚ましい。栄光学園、清泉女学院、聖ヨゼフ病院などの創設に関わり、孤児院と老人ホームを設立する婦人会を支援。日本人孤児にイースター・バスケットを配ったデッカー夫人は、〈子どもたちのなんとかわいいことか!〉と記している。民主主義の基盤とは、医療・健康、福祉・慈善、教育であることが、本書から読み取れる。

横須賀中央公園に著者の胸像が残るが、その人柄と生きた時代の記憶は遠のきつつある。過去の日本の姿と、国家間の関係構築のあり方を再認識させられる好著である。

(C・A)

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