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■『有鄰』最新号 | ■『有鄰』バックナンバーインデックス |
平成14年9月10日 第418号 P5 |
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目次 | |
P1 P2 P3 | ○座談会 グレート=ブックス=セミナー (1) (2) (3) |
P4 | ○ヨコハマ 私の好みに合った街 バーリット・セービン |
P5 | ○人と作品 高野和明と『グレイヴディッガ−』 藤田昌司 |
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人と作品 |
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圧倒的スピードで引き起こされる連続殺人事件
ここに描かれるのは連続殺人事件である。狙われるのは一年三か月前に路上で起きた覚醒剤がらみのヤクザによる労務者殺害事件の目撃証人十一名。殺された遺体には必ず“十字”の印が刻みつけられた。しかもこの十一名に共通しているのは、白血病患者に対する骨髄移植のドナーカード登録者だったことだ。 これは“グレイヴディッガー”のしわざではないのか。中世暗黒の時代、魔女狩りの名目で、異端者が拷問や猟奇事件の対象とされたころ、異端審問官が相次いで暗殺された。それは魔女たちの復讐であった。拷問死させられた魔女が、よみがえって復讐する——それはグレイヴディッガーと呼ばれたという。聞き慣れない言葉なので、あわてて西洋史の魔女狩りの時代を調べてみたが……。 「グレイヴディッガーとは英語で墓掘り人という意味ですが、これは私が考え出したフィクションです。中世、カトリックが腐敗していたころ、それに異議を申し立てる者は魔女とされ、密告され拷問にかけられました。子が親を密告することさえあったそうです。そんな雰囲気を考えて、虚構として生まれたのがグレイヴディッガーです」 この小説は八神という三十二歳のヤクザな男が中心になって展開する。八神は仲間が惨殺されているのを目撃したことから、正体不明の謎の暗殺者の執拗な追跡を受けることになる。この間も、連続殺人事件は圧倒的なスピードで引き起こされていく。 「この小説では、ホラーに近いスリラーに重点を置いて書きました。とくにこだわったのは疾走感です。全部で十四時間の話しです」 十四時間、ノンストップで展開するカーチェイスのような追撃と逃走。もちろん警察の捜査も加わって、緊迫感は息づまるばかりだ。「僕はペーパードライバーで実際の運転はやりませんが、ありったけの知識で書きました」 さわやかな読後感、人間臭さが魅力 読後感がさわやかなのは、屈折した人生をたどってきたため、悪党づらをしている主役の八神の内部に、一筋の清流のような善悪が流れていることだ。暗殺者に追われながらも、必死になって逃げ、指定の病院にたどりつこうとしているのは、ドナーとして彼を待っている白血病の少女を助けてやりたい一心からだ。作者は人間性善説に立っているのだろう。「八神は自然に出てきた人物です。この小説は最初、映像化のために脚本として構想を立てたものですが、その土台だけ残して小説に作り替えたんです。その段階で自然に出てきました」 作者は小説を書く前、約十年間、映画、テレビの脚本家として活躍した。映画監督岡本喜八の門下生だ。この小説の魅力の一つは、警察内部の派閥争い、とりわけ刑事対公安の争いが、捜査の第一線にまで及んでいるという人間臭さだ。が、簡単に取材できる内容ではない。「十八年前、まだ学生だったころに、公安部員と知り合いになり、脚本の参考にしたいからといって話してもらったんです。それが全部テープにとってありましたので、この小説で参考にしました」 ともあれ、次々に起こる連続殺人事件と、それを追う捜査陣の必死の追跡によって謎の犯人像は次第にその正体が明らかになってくるのだが、もう一つ、その犯人像の陰に意外な大物がひそんでいたことも明らかになっていく。 真のグレイヴディッガーとは、一体だれだったのか。事件の進展の過程で見え隠れしていたドナーコーディネーターこそ、謎の正体か——と思われるが、終章でそれがどんでん返しになるのにも驚かされる。最後まで気の抜けない展開だ。 もう一つ、蛇足になるが、この作品には男女のからみが登場しない。エンターテーメントの作品では珍しいといえよう。「脚本家時代の反動です。脚本を書いている時は、必ずヒロインを出せ、といわれていましたから」 第三作はホラーを書きたいという。 高野和明著 『グレイヴディッガ−』 講談社 1,785円(5%税込) ISBN:4062113562 (藤田昌司)
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