Web版 有鄰

443平成16年10月10日発行

玄侑宗久と『リーラ』 – 人と作品

社会問題化している自殺をテーマにした長編小説

玄侑宗久
玄侑宗久

死の真相と残された者の心の闇を描く

昨年の自殺による死者は34,427人で、過去最高の記録という(警察庁調べ)。玄侑宗久さんが書き下ろした長編小説『リーラ』は、社会問題化している自殺をテーマにしている。

「職業柄、自殺者のお弔いに行き、遺族の話を聞きます。なぜ死んだのか、わからない自殺が多い。というか、基本的に、他人にはわからないことだと思います。だから結論めいたものは書かず、自殺をめぐる“喪失”の状況を書こうとしました」

心優しくピュアな女性、飛鳥が23歳で自殺してから3年。父、母、弟、弟の恋人、男友達、飛鳥をストーキングしていた男――という6人の視点から飛鳥の死を問い、それぞれが抱える心の闇を描いた。

「自殺は“無音の攻撃”です。死を賭けて何を訴えようとしたのか、残された人々は反撃のしようもなく苦しみます。ただ私は、先を見越したように死を選ぶ行為は傲慢だと思います。現代人は、目標をたててまっしぐらに進む生き方が主になり、行き詰まると、逃げ場なく悲観する傾向があるようです」

ゆっくり、柔らかい口調で話す。タイトルの『リーラ』とはサンスクリット語で「遊戯」の意味。副題を「神の庭の遊戯」とし、6人を交差させて描きながら、“なにか知らない大きな力”の存在を浮かび上がらせた。

「私たちの目標って、実は不確かなものですね。例えば[結婚適齢期]で、同じ男女のつきあいでも、10代だと不純異性交遊といわれ、30を過ぎると恋人いないの?とか、負け犬とかいわれます。そんな矛盾した目標に縛られるより、偶然やなりゆきに身を委ねて生きる方が、ずっと楽だと思います」

なりゆきに身を委ねる楽しさを玄侑さん自身が知ったのは、修行時代という。

「朝から晩までまき割りをするとか、7日間眠らないとか、絶対に無理だと思うようなことができてしまう。修行が嫌で熱を出し、断りにいったら、“一晩休んで朝までに熱を下げなさい”といわれました。すると、翌朝熱が下がるんです。なりゆきに任せると、知らなかった力が出てくる。人の体は不思議です」

昭和31年、福島県生まれ。慶応大学卒業後、さまざまな職業を経て京都で修行、僧侶になった。現在、臨済宗妙心寺派、福聚寺(福島県三春町)副住職を務める。平成12年、文芸誌「新潮」に投稿した小説が芥川賞候補になり、翌年、『中陰の花』で芥川賞を受賞した。

小説のほか、『私だけの仏教』『禅的生活』などの生き方エッセーを書いている。科学、戦争、アゴヒゲアザラシのタマちゃんの生態……と知見は実に幅広く、ときに脱線もする軽妙な語り口で、生きづらさを抱く人に愛読されている。同じ“僧侶作家”、瀬戸内寂聴さんとの共著『あの世この世』もある。

「あの方(瀬戸内さん)は小説家が僧をなさっていて、私の場合は坊さんが小説を書いているんです。小説を書くことこそ“リーラ”ですね。トンネルの半ばあたりで書き始めて、登場人物が勝手に動き始めます。そのなりゆきを見守り、追うように書いていくと出口がみえてくる。こたえられない楽しさです」

沖縄地方のニライカナイの信仰を取材して執筆

『リーラ』では6人の登場人物が飛鳥の死を思い、<みな「神の庭」の出来事なのだ>と、“大きな力”の存在に気づいていく。

「神の遊戯としか思えないことって、多いですよ。渡り鳥は、相談もせず一斉に飛び立って、何千キロも旅をする。植物は、受粉という大事業をミツバチや蝶々に頼っている。風や水の到来に命を任せている花もある。人間だって、子供時代に戦争を経験した人は、計画してその時代に生まれたわけでなく、戦争という大状況に身を添わせて生きたわけですね」

仏でも神でも、一本の樹でもいいから、“大きな存在”に思いを馳せて欲しい……と説く。仏教を広める目的で小説やエッセーを書いていないので、『リーラ』では、沖縄地方のニライカナイ(神々が住むという理想郷)の信仰を取材して、書いた。

「現在の日本には、神の巨大な手を感じるようなことがない。計画的に生きるうちに自分をわかった気になり、先を悲観してしまうのかもしれません。私は、人生は何が起きるかわからないと、腹の底から思っています。世の中は思うようにいかないが、変化する可能性は、誰もが持っていると思います」

(C)

『リーラ』・表紙

リーラ
玄侑宗久/新潮社/1,400円+税

※「有鄰」443号本紙では5ページに掲載されています。

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