Web版 有鄰

434平成16年1月1日発行

有鄰らいぶらりい

口のきき方』 梶原しげる:著/新潮新書:刊/680円+税

「書かれた日本語」についての本は数多いが、「話す日本語」を中心にした本はあまり見当たらない。文化放送とフリーを含めアナウンサー歴30年という著者が、おしゃべりのツボを伝授しよう、という本である。

放送界にいる著者は、まず温泉グルメ番組などに登場するレポーターの「思います連発症候群」や、クイズ番組などの「ほうほう症候群」をあげる。前者は「では、中に入ってみたいと思います」に始まり、「ではいただかせていただきたいと思います」などと連発、「ではこの辺でお別れしたいと思います」と終わるとか。なるほど、いずれも「入ります」「いただきます」「お別れします」で十分である。

後者は「答えのほうは」、「天気のほうはくもりです」からファミレスなどの「ご注文のほう繰り返させていただきます」など。これまた「答えは――」「天気は――」で十分だし、最後は「ご注文を繰り返します」だろう。

よく問題になる若者のあいまいな表現を批判するだけでなく、その心理にまで立ち入って分析。最終章では、会議での提案、報告や入社の面接試験などのコツを、自らの体験を通して具体的に述べている。

志ん朝の落語1 男と女
古今亭志ん朝・京須偕充:編/ちくま文庫:刊/950円+税

平成13年、63歳で志ん朝が亡くなったとき、関西落語の大看板、桂米朝は「これで東京には落語家がいなくなった」とまで嘆いた。名実ともに当代随一だったその高座を音源から復元した全6巻の第1集。「明鳥」「品川心中」「お若伊之助」「崇徳院」など色気のある噺、12編を収めている。

編者は録音をいやがっていた志ん朝が、唯一その高座の録音を許したという元ソニー・ミュージック学芸プロデューサー。枕も含め一字一句違えず、忠実に再現している。

例えば「明鳥」の枕の冒頭の部分。<――男と生まれた以上、ご婦人の嫌いな方というのはまずいないですな。…やっぱりこの、(強く)女というものぐらい、いいものはないと…あたくしなんぞも、つくづく思っておりますが…。/まあその…これは人によっていろいろと…好きさ加減が違ってくるんで…ね。えェ、まァ、うんと好きだと言う人もいれば、――>。…の長短で、絶妙だった志ん朝の間の具合を表すなど神経が行き届いている。

また「ことばにはなっていないが言わんとし表さんとしたことを」(編者)上記の(強く)のように註(ト書)として補っており、舞台の志ん朝を彷彿させてくれる。

ドンネルの男・北里柴三郎
山崎光夫:著/東洋経済新報社:刊/上下:各1,700円+税

赤痢菌発見に貢献し、コレラの伝染経路を確定し、死病とされた破傷風菌やペスト菌を発見するなど、わが国黎明期の細菌学・衛生学に偉大な足跡を残した北里柴三郎の生涯を描いた伝記小説。

幕末、熊本に生まれ、熊本医学校で学んだ後、東京医学校(現東大医学部)で学んだ柴三郎は、その“いごっそう”ぶりで暴れたため、卒業も危ぶまれたほどだったが、先輩の寛容な指導で内務省入りして頭角を現わし、長与専斎衛生局長の推挽でドイツ留学。ドイツではコレラ菌の発見者として世界的に有名だったローベルト・コッホ博士の下で細菌学に取り組む。研究に次ぐ研究の中で、柴三郎はコレラ菌の純粋培養に成功、その伝染経路を突き止める。

帰国後も柴三郎は研究に明け暮れるが、その中で、破傷風の毒素に対する免疫抗体も発見、また猖けつを極めていたペストの研究のため香港に渡り、その菌の発見に成功。

研究生活のかたわら、結核治療のための療養施設や伝染病研究所などを立ち上げるがガンコな一面もあるため、敵も多かった。福沢諭吉が陰に陽にバックアップする。ドンネルとは雷の意のドイツ語。医学裏面史としても傑作。

たったひとつのたからもの』 加藤浩美:著/文藝春秋:刊/1,400円+税

1992年、結婚記念日の秋の日に生まれ、夫の大好きな“雪”の1字を付けられた秋雪は生まれながらに障害があった。心臓に穴があり(心内膜床欠損症)、加えてダウン症の合併症だった。このため風邪をひかせると命にかかわると注意され、母親である著者は懸命になって育てる。本書は写真家でもある著者が文と写真でつづった、その感動の育児日誌だ。

心臓が弱いため、つかまり立ちや歩行も困難な秋雪と、著者はペースを合わせて共に生きる。やがてハンディキャップをもつ子の施設にも入れるが、秋雪は少しずつ順応していき、送迎のバスにも乗れるようになる。視力が弱いことが明らかになり、メガネをかけるようになるが、それも嫌がらずになじんでいく。

海に連れて行くのは著者の夢だったが、そこでも秋雪は大いに好奇心を満足させる。2年目になると声を出しての意思表示や自己主張も活発になり、学齢直前になって、だれの助けも借りずに7歩も歩くようになったが、そのころから秋雪の体力は次第に衰えてやがて昇天する。

「人の幸せは、命の長さではないのです」と著者は繰り返していう。105枚の写真が何ともかわいらしく、感動的だ。幼児虐待のニュースがとびかう世相、心あたたまる1冊だ。

(S・F)

※「有鄰」434号本紙では5ページに掲載されています。

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