Web版 有鄰

410平成14年1月1日発行

有鄰らいぶらりい

ドリームバスター』 宮部みゆき:著/徳間書店:刊/1,600円+税

ミステリーから時代小説まで多彩な活躍ぶりで知られる宮部みゆきが、またまた新境地に挑戦したのがこの作品。劇画のストーリーを彷彿とさせるようなテンポの速いアクション・ファンタジーだ。

設定が奇想天外である。サラリーマンの夫が単身赴任しているため、少女の真由と2人暮らしの道子は、夢の中で宇宙船に出逢う。大きなバケツを逆さまにしたようなもので、そこにはマエストロと呼ぶ師匠と、不思議な少年が搭乗している。この“空飛ぶバケツ”は人間の夢の中にだけ登場して、夢の中に巣食う悪しき者どもを退治するのだという。

道子が少女時代、近所に火事があって家人が焼死した。そのとき道子は、燃えあがる家の中で黒い人影が、手を振り踊っているのを見た記憶がある。その黒い人影こそ今、道子の夢の中に巣食っている悪者なのだ。娘の真由も同じ夢を見る。夢の中の悪者を退治する作戦をプロジェクト・ナイトメアといい、人間の意識を肉体から切り離し、保管したり移動させたりして戦うのだという。

ナイトメアの設定は、他の悪い夢を見る人びとに転じていき、恐怖の冒険譚が次々に展開される。怖い夢のサスペンス・ドラマだ。

歴代天皇総覧』 笠原英彦:著/中公新書:刊/940円+税

神武天皇から昭和天皇まで124代に及ぶ歴代天皇の総覧であるが、副題の「皇位はどう継承されたか」に力点が置かれている。歴代とはいっても神武から仲哀までの14代は「神話時代の天皇」との視点で考察され、歴史として分析されているのは、それ以後の天皇の継承である。

それにしても、皇統連綿といわれるように日本の天皇は古代以来今日までなぜ連綿と続いてきたのか。著者はそれに明確に答えることは容易ではないといい、本書でもさまざまな事実を挙げているが、その根底に、「天皇の不親政」(天皇は親政を行わなかった)とする有力な論考があることも指摘している。では連綿と続いてきた皇位継承の慣行はいつ創出されたのか。<七世紀中葉の皇極天皇から孝徳天皇への譲位をもって嚆矢とする>(「あとがき」)。

譲位を軸に、その時どきの政治権力との複雑な関係を分析している点が本書の真価だが、とくに幕末の孝明天皇、維新達成の明治天皇、有史以来の敗戦に直面した昭和天皇の業績などが、やはり感銘深い。本書の刊行は新宮様のご誕生と偶然重なったが、長い歳月を費やしての丹念な研究の成果だけに書架に備えたい1冊。

蕎麦屋のしきたり』 藤村和夫:著/NHK出版:刊/640円+税

「生活人新書」創刊にふさわしい1冊だ。これ1冊読めば“そば通”“そば屋通”になれること請け合いである。人によって興味の的は異なるだろうが、評者にはまず、「種物の定番」の項が面白かった。

「うちの商売蕎麦屋でござる、売りますものは、おかめ、天麩羅、玉子とじ、汁では何時も苦労する」とは、蕎麦屋仲間の宴会で必ずといっていいほど出てくる都々逸だそうだが、こうした種物の中で蕎麦屋の腕がいちばんはっきりわかるのが「玉子とじ」だという。どこがそんなにむずかしいかは、本書を一読すれば、なるほどとなろう。

「天麩羅蕎麦」と「鴨南蛮」の両方を一人で注文するような場合は「天麩羅――」から注文するようにとアドバイスする。「鴨南蛮」は汁の中に鴨の出し汁が出ておいしくなっているので、あとで「天麩羅――」を食べると汁がまずく感じられるとのことだ。

ついでにいえば「鴨南蛮」の「南蛮」とは何か。論争があったそうだが、「葱が入ったもの」「葱を焼かなくては南蛮ではない」など諸説ふんぷん。あまりやかましいので昔の「藪」ではたんに「鴨蕎麦」としたとか。「笊蕎麦」の由来や、「おかめ」の本物は鼻の部分が松茸の薄切りでなければならないなど、興味津々の内容だ。

オサマ・ビンラディン 野望と実像
ミハエル・ポーリー、ハリド・デュラン:著/日本文芸社:刊/743円+税

アフガニスタン攻撃は、今や首謀者とされるオサマ・ビンラディンの拘束が焦点となってきた。9月11日の同時多発テロ以来、これほど世界に衝撃を与えた人物はなかった。本書は、そのテロ発生後に書き下ろされたもの。第2章の「オサマ・ビンラディンとは何者か?」がその実像を浮き彫りにしている。

オサマ・ビンラディンは1955年、ムハンマド・ビンラディンの57人の子供の第17子としてサウジアラビアで生まれた。ムハンマドはイエメン出身の建設業者で、巨万の富を築いた。オサマは、当初、政治的野心はなかったが、70年代からイスラミズム(イスラム原理主義)の本を読み出し、急速にひかれていく。そうした中で反米主義者となるのは、アメリカ合衆国がイスラミストの敵視するあらゆるものの権化だからだという。

膨大な資金によって、ジハディスト(聖戦主義者)を後援し、やがて彼自身、前線の闘士へ変貌していく。その特質は、それまでの夢想的指導者と違って実務的な才能にあったという。

オサマ・ビンラディンは生物・化学兵器を持っているという証言もある。また麻薬と密輸によってタリバンとの絆を強めているともいわれる。オマル師の娘はビンラディンの4人目の妻だ。平井吉夫訳。

(S・F)

※「有鄰」410号本紙では5ページに掲載されています。

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