Web版 有鄰

526平成25年5月1日発行

有鄰らいぶらりい

望郷』湊かなえ:著/文藝春秋/1,400円+税

瀬戸内海の架空の島、「白綱島」を舞台にした連作短編集である。造船業で栄えた白綱島は、市発足当時は約4万人の人口を擁し、55年にわたり1島1市で成り立っていた。造船不況、牛肉オレンジ輸入自由化、バブル崩壊の影響で人口が流出。現在は2万人で、対岸本土の市と合併することになった。「白綱島市閉幕式」の日、式典のゲストとして25年ぶりに島に戻り、故郷を賛美する文章を朗読する姉を目にし、「わたし」は苦い気持ちになる。少女時代からいじめを受けていた姉は、高校卒業前に島を出て作家になった。〈いや、姉に同情してやる筋合いはない。結局、あの人は島を出て行ったのだから。(略)/わたしに母を押しつけて〉(「みかんの花」)――。

続く2編目の「海の星」は、第65回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞した作品だ。本書は計6編が収められ、ミステリ短編集としても優れている。いまは首都圏に住む男が、島での少年時代を振り返る「海の星」、島を出て人気歌手になった青年が、複雑な気持ちを抱えて帰郷する「雲の糸」など、それぞれの故郷に対する愛憎と心の軌跡を見事に描く。08年に『告白』でデビューし、話題作を発表し続けてきた著者が、ひとつの到達点に達した傑作短編集。

沈黙の町で』奥田英朗/朝日新聞出版/1,800円+税 

7月1日の夜、“息子がまだ学校から帰ってこない”との問い合わせを受けた市立中の国語教師が、部室棟のそばで倒れている2年B組の名倉祐一を発見する。名倉はすでに死亡していた。自殺か、転落死か、それとも――?

舞台は、北関東にある架空の地方都市。死亡した少年は老舗呉服店の一人息子で、学校でいじめを受けていた。いじめ加害者として4人が特定され、警察が事情聴取を始める。離婚後、苦労して育てている息子が逮捕されて動転するシングルマザー、東京から駆けつける弁護士など、名倉祐一の死をめぐり、生徒たちと家族、学校、マスコミ、警察、検察ら、それぞれの思惑が交錯していく。突然の出来事に対し、“わが身大事”な人々の姿が現われる。

本書は、2011年5月から2012年7月にかけて「朝日新聞」で連載された長編小説である。直木賞受賞作『空中ブランコ』などコメディタッチの明るい作品と、大藪春彦賞を受けた『邪魔』などの重厚な作品とを著者は描き分け、本書は重厚な群像劇だ。「いじめ」はずっと古くからあったのだろうが、近年はいじめが陰湿化、社会問題化している。いじめが誰の身にも起こりうる社会とそこにいる人々をまっすぐにみつめ、事件の真相と市井の「空気」を描きだした問題作である。

移民の宴』高野秀行/講談社/1,600円+税

タイ人にとり、お寺は「タンブン(功徳を積む)」という大事な行為をする場所であり、よりどころだ。千葉県の成田にあるタイ寺院「ワット・パクナム日本別院」には、会社員、タイ・マッサージ師、工場勤務、学生、主婦、職人などさまざまな職業のタイ出身者が集まり、寄進の料理で食卓はたちまち豪華なビュッフェになる。エビの辛口サラダ「プラークン」、焼きイカ「パムヤーン」、チェンマイの臓物料理「ラープ」など。それにしても、日本にあって異国のこのお寺は、誰が建てたのだろうか?(第1章「成田のタイ寺院」)

日本には約二百万人の外国人が住むが、そうした外国人の暮らしを日本人は意外に知らない。〈いろいろな国や民族の人たち、それも特に金持ちや特に困窮している人でなく、ふつうの人たちが何をどう食べているのか。そこから日本で暮らす外国人のリアルな姿を見てみたい――〉。アジア・アフリカを中心に世界各国を旅し、長期滞在も経験したノンフィクション作家の著者が、日本に住む外国人の食生活を取材した全12章。24歳にして風格が漂うイラン人のベリーダンサー、東日本大震災で被災した、震災下の在日外国人……。独特の着眼点とメリハリの利いた文章を読むうち、“国際化”の現在の諸相がみえてくる。

夜に生きる
デニス・ルヘイン:著 加賀山卓朗:訳/早川書房/1,800円+税

1926年、禁酒法時代のアメリカ、ボストン。父トマスはボストン市警警視正、兄ダニーも警察官という家に育ちながら、無法者として夜な夜な働くジョー・コグリンは、ボスの依頼で場末のカジノに押し入った。そこで出会った美しい女、エマと恋に落ちるが、彼女は、ジョーのボス、ティム・ヒッキーと敵対するアルバート・ホワイトの情婦だった。エマとの関係が深まる中、ジョーは仲間と強盗を働き、追跡してきた警察官が殉職する。ジョーは街を出ようと考えるが――。

94年のデビュー作『スコッチに涙を託して』で一躍注目されて以降、パトリック&アンジー・シリーズ、『ミスティック・リバー』『シャッター・アイランド』(この二作はそれぞれクリント・イーストウッド、マーティン・スコセッシ監督で映画化)などの秀作で知られる著者の最新作。コグリン一家の長兄ダニーを主人公にした『運命の日』の続編にあたり、父や兄と異なる世界で縦横無尽に生きる三男、ジョーの半生がドラマティックに描かれ、単独でも楽しめる。本書は、ベン・アフレック監督による映画化も決定しており、必読の1冊だ。1926年から35年まで、およそ10年間のアメリカ裏面史における人間たちの情熱が、スピーディな筆致の中に凝縮されている。

(C・A)

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