Web版 有鄰

536平成27年1月1日発行

朝井まかてと『阿蘭陀西鶴』 – 人と作品

井原西鶴の人生を描いた長編小説

朝井まかて氏
朝井まかて氏

エネルギッシュで放蕩無頼な姿を娘の語りで描く

江戸時代前期の浮世草子作者、井原西鶴(1642-1693)の人生を描く。2014年に『恋歌』で第150回直木賞を受けた朝井まかてさんの、同賞受賞第1作となる長編小説である。

「別の小説を書くために元禄時代の上方の風俗文化について調べていて、当時のことを詳細に書き残している西鶴の作品を再読しました。学生時代に読んだときには分からなかった面白さがあり、西鶴その人を書きたいと思うようになりました。また、物書きが周囲の人にとっていかにはた迷惑な存在であるかを、同じ仕事をする私自身が、最近つくづく感じています。その2つをきっかけにして、西鶴の物語を書きました」

大坂の商家に生まれた井原西鶴は、当初は俳諧師として名をなした人物だ。大坂の俳壇「談林派」に属し、一昼夜のうちに即興で数多くの句を吟ずる「矢数俳諧」を興す。物語は、異端を示す「阿蘭陀流」を自認してエネルギッシュに行動する西鶴の姿を、一人娘おあいの語りで描く。目が不自由なおあいは、早世した母から教わった家事をこなし、父を支える。

「他者の視点から書いた方が、西鶴という人の面白さが引き立つかと、娘を語り手にしました。目が不自由な人の語りで書くのはチャレンジでしたが、思春期の娘が父に反発し、成長しながら理解していく過程は、普遍的なことだと思います。しかも西鶴は物書きです。私自身、常に意識が原稿に向かい、家事を忘れることがありますから、おあいはさぞや、父に翻弄されただろうと思います」

放蕩無頼の父との暮らしは波乱含みで、家計はいつも火の車だ。〈そしらば誹れ、わんざくれ〉と句集の序文で大見得を切り、にぎやかに暮らす西鶴は、江戸でわび住まいをしながら「蕉風」を打ちたて、名をあげていく松尾芭蕉への対抗心を隠さない。やがて浮世草子を書き始め、1682年(天和2年)に『好色一代男』を発表。今でいう大ベストセラーになるが、懐は楽にならない。それでも、市井の人間模様を活写した浮世草子を次々送りだす。

「『恋歌』を書くために中島歌子の和歌を読んだときにも感じたのですが、西鶴の俳句は秀でたものが少なく、そこに人物の手がかりがあると思いました。俳諧の領域でやはり芭蕉に負けている西鶴は、芭蕉のような理の人ではなく情の人で、たくさんの言葉を使って表現をする散文体質の人だった。久しぶりに西鶴を再読したとき、人間に対するまなざしのバリエーションが多い人だと思いました。さまざまな層の人のさまざまな感情に心を配り、それを言葉にした、細やかな感性の人だった。西鶴がとらえて描いたことの豊かさと味わいを、若い頃はまだ分かりませんでしたね。私は大阪に生まれ育ちましたし、西鶴を通して当時の上方を再現したい気持ちもありました」

1冊で3回 1粒で3度うまい小説を書きたい

1959年、大阪生まれ。甲南女子大学文学部卒業。コピーライターとして広告制作会社に勤務後、独立。2008年、第3回小説現代長編新人賞奨励賞を受けてデビュー。幕末から明治を生きた歌人、中島歌子の一生を描いた『恋歌』を2013年に発表し、第3回本屋が選ぶ時代小説大賞と、直木賞を受賞。著書に『花競べ向嶋なずな屋繁盛記』『先生のお庭番』『ぬけまいる』などがある。

「子供の頃から物語を書きたいと思っていましたが、まずは一人前になりたいと、夢中で仕事をしてきました。自分が思っていることを表現したい気持ちが増してきて、2006年から、大阪文学学校で学びました」

昨年初頭まではライターの仕事もしていたが、現在は小説に専念。昨年12月刊の『御松茸騒動』(徳間書店)は、江戸中期の尾張藩が舞台だ。一作ごと、時代と舞台と題材をがらりと変えて、新たな境地に挑戦している。

「とても惹かれるか、逆に凄く反発してしまう、どちらのタイプも気になって、調べて書いてみたくなります。いつも出たとこ勝負で、資料調べや書く段階になると、どうしよう、大変なことを始めてしまった……と青ざめています(笑)。書きたくないと思う場面こそ、避けて通れない、絶対書かなあかん場面だと分かってきました。1冊で3回、1粒で3度うまい小説が書けるようになりたい。面白かったと書棚に置いてもらい、何年か後に読み返す気持ちになって、また手にとってもらえるような小説を書きたいと思っています」

(青木千恵)

阿蘭陀西鶴

阿蘭陀西鶴』/朝井まかて/講談社/1,600円+税

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