Web版 有鄰

540平成27年9月10日発行

知念実希人と『黒猫の小夜曲[セレナーデ]』 – 人と作品

現役医師が人の死についての思いを込めたミステリー

知念実希人さん
知念実希人

黒猫の体に宿った『死神』が主人公

一昨年に刊行されたファンタジック・ミステリー、『優しい死神の飼い方』の続編である。前作は犬の体に宿った”死神”のレオを主人公にしていたが、本作は猫の体に宿ったクロが活躍する。

「1作目を書いた時点ではシリーズ化を考えていず、大きく異なる話を新たに構想しました。1作目を書いた後に猫を飼い始めて、身近に習性を眺めながら、犬よりも街中を動き回れる猫を登場させたら、舞台を広げた物語ができそうだと考えました」

語り手の「僕」は、外見はオスの黒猫だが、実体は人間から『天使』や『死神』などの名称で呼ばれる霊的存在だ。『我が主様』のもとへ魂を導く『道案内』の仲間が、犬の姿を借りて地上で活躍したため、新たに地上に使わされることになった。人生に未練を残して地縛霊化した魂を解き放つ任務だが、地上で初めに出会った魂は、生前の記憶を失くしていた――。

「小さな物語を重ねるうちに、長編の大きな流れが作られていく話が好きで、その構造の物語を書いてみたかったのが1作目の端緒でした。人間より”高位”のつもりでいながら、犬の本能に振り回される死神という天然ボケ系の主人公にしたのは、読みやすさと親しみやすさを加える意図から。1作目の設定と構造を踏襲しつつ、ミステリーとしての魅力をより追求したのが2作目の特徴です」

記憶喪失の魂を、事故で昏睡状態だった女性・白木麻矢の体に間借りさせた「僕」は、麻矢の飼い猫になり、街に浮遊する魂の未練の謎を突き止めていく。魂たちはなぜか、ある製薬会社に関係する人物ばかりだった。

「記憶喪失の魂の正体や物語の終着点など、大まかな流れは初めに構想していましたが、作者の都合で人物を動かさないよう、作り込む過程でかなり苦労しました。記憶がない魂の正体が誰か、フーダニット(犯人は誰か)を含めたミステリーの面白さを追求し、そこに猫の可愛らしさや、シリーズ特有の、人の死についての思いを込めていきました」

〈だからこそ、人間はその限られた時間の中を必死に生きるべきなんだよ。いつ『その刻』を迎えてもいいように〉。このシリーズの底流には、“メメント・モリ(死を想え)”の感覚がある。

「医療現場にかかわってきて、病気や死について思うところはあります。ただし、思想を前面に出すのは好きじゃないので、押しつけがましくなく、物語を通して、読者に何らかを感じてもらえたら嬉しいと思っています」

医療にこだわらずエンターテインメントとしての作品を

1978年、沖縄県生まれ。東京慈恵会医科大学卒。現役内科医。2012年、『誰がための刃レゾンデートル』で島田荘司選第4回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞し、デビュー。著書に『ブラッドライン』『仮面病棟』などがある。

「幼稚園の頃から本が好きで、小学校低学年の時に名作全集に収録されていた『奇岩城』に魅了され、シャーロック・ホームズやクイーン、クリスティなどの海外ミステリーを読み漁りました。日本の新本格ブームには、中、高校時代に遭遇しました。自発的に浮かんでくるアイデアを自分で形にしたいし、映画や小説自体が好きなんですね。小説家志望でありつつ内科医になり、時間のゆとりがある勤務形態になってから書き始め、3、4年の投稿期間を経てデビューしました」

頭脳明晰だが変わり者の女医が、診断が難しい症状を解き明かす「天久鷹央の推理カルテ」シリーズも好調で、シリーズ初の長編が8月下旬に刊行されたところだ。

「総合内科が僕の専門領域で、症状を見きわめていく過程は、ミステリー小説の推理に近いと思っていました。自分の専門性を生かしたのが天久鷹央シリーズですが、『黒猫の小夜曲』は医療要素がほとんどないですし、医療にこだわらず、エンターテインメントとして読者に楽しんでもらえる作品を作りたいと思っています。レオやクロ、天久鷹央のように、能力がありながらちょっと抜けている、弱点も持ち合わせたキャラクターは遠くから見ている分には面白いので、リアリティがないくらい変わった人物や、変わった状況にした方が、読者が現実を忘れて楽しめるのではないかと、いろいろ脚色しています。読者の脳裏に浮かぶ映像の邪魔をしないように、説明しすぎない、なるべく少ない言葉での表現を心がけています。デビューして3年、少しずつさじ加減が分かってきた感じですね」

(青木千恵)

黒猫の小夜曲・表紙

黒猫の小夜曲』/知念実希人/光文社/1,600円+税

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