Web版 有鄰

547平成28年11月10日発行

有鄰らいぶらりい

まことの華姫』 畠中恵:著/KADOKAWA:刊/1,400円+税

夏の夜、江戸の盛り場のひとつ両国橋の一帯には、提灯がずらりと吊るされ、大勢の人々が集まって来る。隅田川にかかる両国橋両岸は、お上の許しを受け、暗くなっても明かりが消えない納涼地となっているのだ。立ち並ぶ見世物小屋の中でも、最近名をあげているのが、人形遣いの芸人、月草の話芸である。

月草自身は大人しい男だが、彼が「一人2役」で操る木偶人形のお華は、美しく快活な姫様人形だ。その上、人の知らないことを承知して真実を語る、「まことの華姫」と噂されていた。ある日、地回りの頭の娘・お夏は、月草の小屋を初めて訪ねる。姉の死の真相を、何としても知りたかったのだ。お夏の問いに対するお華の答えは……。

真実を求める人々が、お華の語りに耳を澄ます。お夏が月草&お華と出会う一編から始まり、7年前に幼子を失った夫婦、出奔した義兄を探す若旦那らの「知りたい」謎が解かれていく。それとともに、少しずつ明らかになっていく月草の過去とは。

多くのファンを持つ妖怪時代小説『しゃばけ』シリーズで、今年第1回吉川英治文庫賞を受けた著者の、作家生活15周年記念作品。「まことの華姫」による謎解きを通し、江戸市中の人々の喜怒哀楽を鮮やかに描きだした、新たなシリーズである。

ごはんの時間』 井上都:著/新潮社:刊/1,500円+税

大正時代に大船駅で販売が開始された老舗の味、「鯵の押寿し」をめぐる一文から始まる本書は、四季折々の食べ物のことを、著者の記憶とともに描いたエッセイ集である。著者は、2010年4月に死去した作家、井上ひさし氏の長女で、父が主宰した劇団「こまつ座」の代表を2001年まで務めた。生前の井上ひさし氏の好物のひとつが「鯵の押寿し」で、亡き父の墓参の帰り道、著者は鎌倉駅のホームで、押寿しを一折りだけ買うのだという。〈父はもういないが、鎌倉駅は変わりなく「鯵の押寿し」もそこにある。ぶら下げた寿司の重みは、私がまだこの世にいるという証しなのだ〉。

母が作る夜食メニューの中でも、大好きだった塩味のスパゲティ。子供の頃に映画のはしごをし、3、4本見た後にレストランで食べさせてもらったパンケーキ。そして今、息子を誘って食べにいくキャベツラーメン――。

亡き人々の思い出を、食べ物を通して見事に甦らせている。〈被爆していないからわからないとか、そういう考えが一番よくない。原爆は人類共通の体験なんだ。おまえこそ簡単にものを言うな〉。名作『父と暮せば』が生まれる前、著者にそう怒ったという、故・井上ひさし氏の面影も偲ばれる。滋味豊かなエッセイ集である。

ヴァラエティ』 奥田英朗:著/講談社:刊/1,200円+税

準大手の広告代理店「大興堂」に勤める38歳の中井和宏は、独立の機会をうかがっていた。会社をいよいよ興そうと、5年後輩で“師弟関係”にある小川、有能な契約社員の望月に打ち明けて新会社に誘い、制作部の原田部長に独立を切りだした。そして独立、事務所を構えたが、小川の裏切りと部長の妨害により、予算1億円のイベントを古巣にとられ、当座の運転資金のあてにしていた仕事が消えてしまう。プライドを捨てた中井は、飛び込み営業に歩くのだった――。(「おれは社長だ!」)

ようやく事業が回り始めたのに、関西弁を使う社長の手練手管に翻弄される「毎度おおきに」が続編で描かれ、独立・起業した中井を主人公にしたシリーズなのかと思いきや、本書に収められた中井の物語は2編のみである。本書は、シリーズ化を望まれながら、諸般の事情で1~2編の単発にとどまるなど、出版社で“お蔵入り”していた作品を集め、ヴァラエティ豊かにまとめあげた一冊だ。

短編はほかに、夫婦のドライブ旅行が意外な展開になっていく「ドライブ・イン・サマー」、新聞に寄稿したショートショート、娘を見守る母の心情を描いた「セブンティーン」など。イッセー尾形氏、山田太一氏をゲストに迎えた対談も示唆に富む。

秋萩の散る』 澤田瞳子:著/徳間書店:刊/1,500円+税

秋萩の散る・表紙
『秋萩の散る』
徳間書店:刊

天平勝宝5年(753)11月末日――。唐の長安で皇帝・玄宗に拝謁し、帰国する遣唐使船四隻は、阿児奈波(沖縄)に到着した。長安を一目見たいと、父の縁故で遣唐留学生に加わった17歳の藤原刷雄は、長旅で疲れ果てていた。5日前、遣唐大使の藤原清河が唐の高僧・鑑真を無理やり下船させ、使節団内部では内輪もめが発生。そんな中、刷雄は、35年も唐にいたという老学生、阿倍仲麻呂と出会う。藤原清河と同じ第一船に乗り込んだ仲麻呂は……(「凱風の島」)

阿倍女帝(孝謙天皇)に厚遇された僧・道鏡は、女帝の死から程なく薬師寺別当に任ぜられ、京から下野国に来た。“稀代の妖僧”との悪評にまみれた道鏡は、先に配流されていた僧・行信に、まがまがしい誘いを持ちかけられるが、老いた道鏡の心に浮かぶのは、敬愛する亡き女帝の面影だ……(表題作)

奈良・平城京に都が置かれ、日本が大陸との交流を重ねていた時代。血なまぐさい政争がくり返される中、学生や政治家が、悲喜こもごもの思いを抱えて生きていた。今年『若沖』で第5回歴史時代作家クラブ賞作品賞を受けた注目の作家が、古代の事件と人々を描いた連作短編集。同志社大学大学院で奈良仏教史を学んだ、著者の力量を堪能できる一冊である。

(C・A)

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