Web版 有鄰

551平成29年7月10日発行

有鄰らいぶらりい

BUTTER』 柚木麻子:著/新潮社:刊/1,600円+税

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『BUTTER』
新潮社:刊

「週刊秀明」で正社員の女性記者として働く里佳は、首都圏連続不審死事件の被告人、梶井真奈子との面会に成功する。美味しいものの話題を持ちかけ、料理自慢だった真奈子に面会を許可されたのだ。30代になるまで身を粉にして働いてきた里佳は、逮捕直前まで美食と贅沢にあふれたブログを書き続け、欲望に忠実な真奈子を取材することで、自分自身の生き方も問い直してみたかった。

高級なバターをのせた温かいご飯を食べてみるよう真奈子に勧められて実践し、面会を重ねながら、里佳は父と折り合いが悪かった家庭環境と、なぜ自分がいつも努力をするのか、理由を問うようになる。日本女性は、我慢強さや努力やストイックさと同時に、女らしさと男性への気遣いも要求される。一方、真奈子と関わった男たちは、男らしさに縛られて彼女に翻弄されたのではないか。里佳は独占インタビューの準備を進めていくのだが――。

美人とは言いがたい容姿でありながら複数の男性から大金を受け取り、裁判でも赤裸々な証言をして世間を騒がせた「木嶋佳苗事件」の発生から8年。デビュー作『終点のあの子』や『ナイルパーチの女子会』などで女性を描いてきた著者が、事件に想を得て現代社会を描きだした力作長編小説である。

若葉の宿』 中村理聖:著/集英社:刊/1,600円+税

父がおらず、母とも物心がつく前に生き別れた夏目若葉は、京都で小さな町家旅館「山吹屋」を営む祖父母に育てられた。高校2年の夏にいじめで不登校になり、中学の同級生だった遠野紗良が唯一の友達だ。専門学校卒業後、21歳になった若葉は明治創業の大旅館「紺田屋」で仲居として働いているが、内向的な性格で仕事に慣れず、仲居頭の山口妙に叱られては落ち込んでいる。

物語は、祗園祭で賑わう夏から始まる。盛夏、晩夏、紅葉の季節、年末年始と季節が移り変わる。実家の町家旅館も勤め先の老舗旅館も、時代の波に揉まれている。家業の紺田屋を独裁的に仕切っていた社長と、跡取り息子とが経営方針をめぐってぶつかり合う。揺らぐ人間模様の中で、若葉の気持ちが少しずつ変わっていく。

本書は、2014年に『砂漠の青がとける夜』で第27回小説すばる新人賞を受賞し、デビューした著者による、2作目の書き下ろし長編小説だ。デビュー作と同様に京都が舞台だが、主人公の暮らす場所が、50年以上続く宿になっている。代々人が暮らし、命がつながれ、大勢の旅人と出会い、送り出す。若葉をはじめとする人々と、古都のほぼ1年間の変容を繊細に描きだした、みずみずしい作品に仕上がっている。

ファイト』 佐藤賢一:著/中央公論新社:刊/1,700+税

2016年6月3日、74歳で死去した不世出のボクサー、モハメド・アリ。本書は、アリが戦った中でも伝説的な「名試合」を文章で再現した拳闘小説である。

“第1試合”は1964年2月に行われた対ソニー・リストン戦。モハメド・アリを名乗る前のカシアス・クレイ(俺)にとり、リストンはそれまで戦ってきた中で最強のファイターだった。

“第2試合”は71年3月の対ジョー・フレージャー戦である。名前をモハメド・アリに変え、67年にヴェトナム戦争への徴兵拒否を申告した「俺」は、無敗でありながらボクサーの資格を停止、世界タイトルも剥奪された。3年半試合ができず、29歳になっていたアリは、いかに戦ったのか。

“第3試合”は74年の対ジョージ・フォアマン戦、“第4試合”は80年の対ラリー・ホームズ戦で、4試合はいずれもヘビー級15回戦世界タイトルマッチである。22歳でヘビー級王者になり、絶大な名声を得ながらリング外では黒人差別と戦い、徴兵拒否により激しい非難にもさらされた。本書は、ボクサーがおのれの全てを注ぎ込む試合に注目し、「俺」の一人称で葛藤を描く。西洋を舞台にした歴史小説と、臨場感あふれる筆致で知られる著者の本領が存分に発揮された物語だ。

女系の教科書』 藤田宜永:著/講談社:刊/1,650円+税

主人公の森川崇徳は、1951年生まれ。正式には“むねのり”だが“そうとく”と呼ぶ者もいる。40年間、総合出版社に勤め、文芸担当の役員だった2013年に一線を退いた。森川家は曾祖父の代から生まれてくるのが女ばかりという「女系」で、崇徳の“きょうだい”も3人の子供も、そして孫も女ばかりだ。女たちに囲まれて生きてきたせいか、理不尽に耐える我慢強さと調整能力に長けている。妻を亡くしたが、交際中の女性がいる。

63歳になる崇徳は、カルチャーセンターで文芸講座の講師を務めている。講座の壇上で些細な言い間違いをしたその日、いつも派手な格好で出席している受講生の青井照子が、なぜか地味な服装に着替えて地下鉄に乗っているのに遭遇した。互いの家が近いと分かったのち、海坊主のような不審な男が自宅近くを出没し始める……。

女系に生まれた男の生き方を軽妙に描き、ミステリーや恋愛小説で知られる著者が家族小説で新境地を開いた『女系の総督』(2014年)の続編だ。個性的な受講生との関わり、長女との葛藤、次女の恋愛、距離がなかなか縮まらない恋人との関係は?にぎやかなやりとりを重ね、家族がそれぞれに道を選んでいく。前作に続き、ユーモラスな人間模様が楽しめる。

(C・A)

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