Web版 有鄰

521平成24年7月9日発行

研究テーマを選ぶということ – 海辺の創造力

上山和雄

勤務校における、残された年数が次第に少なくなってきた。その故か、専門を同じくする方々に対してのみでなく、比較的多くの方々の前で、自分が行っていることを中心にしつつ、日本近代史の研究について話をする機会が生じている。そのため、なぜ自分はこのような研究をしているのかと、自問自答せねばならなくなっている。

論文として残してきたものを挙げると、生糸や蚕、三井物産など商社の活動、政治家、政策、軍隊と地域、石材や石工、さらに渋谷や首都圏史といった地域全体など、系統性がないというか手当たり次第という印象をぬぐえない。

一般的に歴史研究のテーマを考えてみると、1つは物・人物・事件など具体的事象、2つはそれらが織りなす仕組みや組織、そして第3には1と2によって構成される地域・社会という広がりを持つ対象、さらに第4として、思想的・抽象的営みもあろう。

歴史を専門とする者の多くは、概して1から3を対象とするものが多い。ただ近年は第4の1つの分野ともいえる、歴史の論じられ方への関心も高まっている。1から4のうちどのようなテーマを選択するかは、偶然や史料の有無だけではなく、明らかに個性とか好みが強く働いている。私にも、「いまひとつ」という感覚を持ちながら取り組んでいた課題もあった。他方、最近扱った「石」は、聞かされる学生たちには迷惑かもわからないが、「どうだ、面白いだろう」と言わんばかりに、毎年授業で話している。

私のようにテーマを次々に変える者が異例で、むしろ比較的同じテーマをじっくり取り組んでいる方が多いのかもしれない。

私たちの周りにある具体的な事物・事象の来歴には、豊かな過去と内容が詰まっている。ある程度の資料があれば、その興味深さを容易に明らかにすることができる。私が豊かな事物・事象に出会うことができたのは、首都圏のいくつかの自治体史の編さんに携わることができた賜物であると思っている。茅ヶ崎では山宮藤吉という政治家、習志野では軍隊の巨大さ、柏や野田では利根川や江戸川の重要さとそれが運ぶモノの面白さ、横須賀では軍港都市という異常さ、渋谷ではその多様さをもたらす歴史的要因などに魅了され、横浜は結節点としての港の役割を認識させ、活動の幅を広げてくれた。

個別の事象や地域の豊かさ、面白さをつなぎ、もっと広く、もっと大きくできないものかと考え、みんなと語らって組織したのが首都圏形成史研究会である。この研究会には、横浜開港資料館をはじめ、首都圏の種々の施設の学芸員が集っている。これらの施設には十分に使われていない、多くの資料が収蔵されており、それらは、多くの人々に見てほしい、歴史の豊かさを知ってほしいと願っているかのようである。

(國學院大学教授・横浜開港資料館館長)

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