Web版 有鄰

518平成24年5月2日発行

雫井脩介と『銀色の絆』 – 人と作品

フィギュアスケートの世界を舞台に母と娘の絆を描く

スポーツ小説と家族小説の醍醐味が

フィギュアスケートの世界を舞台に、母と娘の絆を描く。スポーツ小説と家族小説の醍醐味を味わえる、エンターテインメント長編である。

「トリノ五輪で荒川静香さんが金メダルを獲り、世界的な選手が続々登場して、フィギュアスケートがテレビで頻繁に放映されるようになりました。浅田真央選手とキム・ヨナ選手の名勝負などを観るうちに、この世界にはドラマがありそうだなと、自分の中で物語が膨らむ感覚がありました。関心を深めていた折り、スケートに取り組んでいた人の話を聞く機会も得られた。それで、この小説を書き下ろすことになりました」

一人娘の小織にスケートを習わせ、実業家の夫と横浜で何不自由ない家庭を築いていた専業主婦の梨津子は、夫の浮気で離婚、小織を連れて名古屋に越す。離婚前と同様に”習い事”のつもりで小織をスケートクラブに入れ、傷心の日々を送っていたが、名コーチ、上村美濤との出会いが母娘の運命を変える。目指すは全日本の表彰台、そしてオリンピック。母娘の挑戦が始まった――。

「選手本人よりも、彼女を支える母親の目線から競技の世界を見たほうが、小説として変化がありそうだと考えました。僕がフィギュアスケートに興味を持ったのは、選手はもちろん、選手を支えるコーチや家族が、自分とはまるで違う日常を過ごしているのではないかと思ったから。ともに目標に向かう濃密な関係とはどんなものだろう。そんな謎めいた世界を、物語を通してのぞいてみたかった」

上村美濤の指導で力をつけた小織は、全日本ジュニアで認定は逃したものの4回転を跳び、3位に入る。ジュニアで好成績を残してシニアの全日本に出場する目標を1年でクリア。だが、上には上がいる。同じ美濤門下の平松希和は、総合力で小織に大きな差をつけ、次期オリンピック代表候補と目されている。希和以上の身体能力を小織が秘めていると知った梨津子は、おっとりして競争心がとぼしい小織を叱咤激励し、娘の選手生活を支えることに生きがいを見いだしていく。

「小説を書く前は、小織と希和がもっとぴりぴりしたライバル関係になるかと思っていました。書いているうちに距離が近づいていった。希和にも、彼女を見守る家族がいる。母同士、娘同士の心のつながりも物語の重要な要素になりました」

物語は、ふたつの時空で構成されている。小織が大学生になっている「現在」と、選手生活を送った「高校時代の3年間」。物語の冒頭で、小織は、大学の友人に問われて選手時代を語り始める。五輪出場を果たしたのは希和で、小織はリンクから去ったことが、冒頭で明らかになっているのだ。何があったのか。

「この小説の場合、書く前から僕の念頭に、母と娘が競技場を去るシーンというのがありました。だから、去るまでのドラマを語り、どんな余韻を残して物語を終わらせるかが重要だった。競技に打ち込んだ日々の意味を、選手当人の目線から伝えて初めてこの物語をすべて書ききれるから、結果としての現在を冒頭で知らせ、過去を振り返る形にしました。さまざまな出来事が3年間に起き、それを潜り抜けて人は変わる。物語の中で人物にどんな変化が起きたのか、読者に感じ取ってもらえたらいいなと思いながら書いていました」

読み続けたい気持ちと、読後に余韻が残る小説を

1968年愛知県生まれ。専修大学卒。2000年に第四回新潮ミステリー倶楽部賞受賞作『栄光一途』でデビュー。2004年刊の『犯人に告ぐ』で第7回大藪春彦賞。主著に『クローズド・ノート』『犯罪小説家』『殺気!』『つばさものがたり』など。

「本や映画が好きで、子供の頃からエンターテインメントに親しんでいました。社会人になって読んだ岡嶋二人著『99%の誘拐』をきっかけに、日本の現代ミステリーにのめり込みました。身近な日本を舞台にこんなに面白い小説が書けるのか、自分も書いてみたいと思ったんです。

読んでいるあいだはずっとページをめくって読み続けたい気持ちになり、読み終わったときには何らかの余韻が残っている。そのふたつを兼ね備えた小説を書きたいと考えています。シーンが浮かんだり、面白そうな設定が浮かんだり、自分の中で膨らんでくるものがあって、何か物語が書けそうかなと思う。フィギュアスケートの小説を書くなんて、10年前にはまったく考えていなかった(笑)」

(青木千恵)

『銀色の絆』・表紙

銀色の絆
雫井脩介/PHP研究所/1,600円+税

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