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近藤史恵
小さな悪意から友人を死なせてしまった大学生が、最果ての地で見た光景は――。長篇『砂漠の悪魔』は、平凡な大学生が中国西部を旅する壮大なロードノベルである。
「砂漠のような乾いた過酷な場所へ行く、スケールの大きな作品を書いてみたいと思っていました。ミステリーは、『実はこういうことだった』と出発点に戻る話が多いですが、物語の最初と最後で、主人公のいる場所がとても遠い小説を意識しました」
大学で中国文学を専攻する広太は、中学時代からの友人、夏樹を疎ましく思い、演劇部の先輩、桂をそそのかして夏樹を傷つけ、自殺させてしまう。平和な学生生活は一変。ヤクザに弱みを握られた広太は中国に向かう。
「距離が近いほど疎ましく感じて意地悪をすることは、よくあると思います。私はいびつな形のエゴが残る人の心理に興味があり、若さゆえの傲慢さや悲しさが近しいせいか、若者をよく主人公にします。広太は、傲慢さゆえに大切なものを壊してしまう。小さな悪意が大きな報いとなって自分の身に降りかかり、呆然とする姿も描きたかった。いやな性格の人物でも突き放さず、物語が進む過程で少しずつ彼に寄り添っていけたらいいと思っていました」
北京で出会った雅之に連れられ、広太は中国の西端・新疆ウイグル自治区へ逃避行の旅に出る。北京駅から列車に乗り、蘭州、酒泉、ウルムチへ。過酷な旅の中で、広太は、世界の随所にさまざまな不安なあることを知る。
「主人公と同じ大学3年生のときに、北京からウルムチへ、列車で旅をした経験をもとに書きました。同じ中国でも、北京とウルムチでは街の色彩や人の顔つきが違い、鮮烈な印象がありました。小説上の事件や人物の心情の変化とシンクロするようにして、かつて見た大地の光景を描きました。『小説現代』で連載して1年前に書き終わり、単行本になるちょうど今、中国問題がクローズアップされている偶然には驚いています」
列車でウルムチに着き、広太と雅之はさらに西方へ。世界で最も内陸にあるウルムチについては、〈色彩も、今まで訪れた土地とはまったく違う。赤煉瓦のバザールや、エメラルドグリーンのモスク。（略）空気が乾いているのは甘粛省と同じだが、香辛料や羊肉の匂いを強く感じる〉と、みずみずしく描出している。人は諍いを繰り返しているが、それを包む世界の奥行きはきわめて深く、美しい。
「人間の不幸って、本人の心に起因するものが多いと思います。だから、状況的に不幸になってしまっても、経験を通して傲慢さなどの負の心理が消え、気持ちがフラットに凪いでいたら、実は本人は以前より不幸でなくなっていることがあると思います。弱かった広太が、人と出会い、辛い目に遭って、以前よりも落ち着いた目で世界を見るようになる変化は、書き始める段階からイメージしていました。悲惨な出来事の中にも救いがある話が好きで、悲惨な物語をただ悲惨なだけには描きたくない。何か読者に共鳴するもの、愛おしくきれいなものが感じられる話であったらいいと思っていました」
1969年大阪市生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒。93年、『凍える島』で第4回鮎川哲也賞を受賞し、作家デビュー。2008年、自転車ロードレースの世界を描いた『サクリファイス』で第10回大藪春彦賞と本屋大賞2位を獲得。著書に『ねむりねずみ』『ガーデン』『桜姫』『賢者はベンチで思索する』などがある。
「子供の頃からたくさん本を読み、キャラクターを思いめぐらしては空想遊びを楽しんでいました。その延長線上でエンターテインメント小説を書くようになりました。文章にしていく段階で現実的な判断などが入り、空想とは違う展開が生まれてくるところは空想と違う、書くことの面白さです。”跳躍”がある話が好きで、大胆な展開の妙味に惹かれて、学生時代は歌舞伎を研究していました」
心理描写が精細な、質の高いミステリーを発表。近年はさらに作風を広げている。
「人の心理には興味が尽きず、いやな感情があればわざと引っかいて、広げて虫眼鏡で観察するようなところがあります（笑）。価値観が揺るがされる瞬間が好きで、鮮烈に感じたことがあれば書き、読者にとっても面白い小説にしたい。小説ならではの驚きがあり、読者が小説の世界にぐっと潜っていけるような話を書きたいと思っています」
（青木千恵）
『砂漠の悪魔』
近藤史恵／講談社／1,500円＋税
