Web版 有鄰

500平成21年7月10日発行

有鄰らいぶらりい

マッカーサー』 増田 弘:著/中公新書:刊/1,100円+税

日本とアメリカが戦争したことすら、ろくに知らない世代が増えたといわれる今日、ダグラス・マッカーサーの名も遠くなった感がある。しかし、第二次世界大戦後、連合国最高司令官として日本に進駐、幾多の占領政策を施行した日本占領の最高権力者として、戦後を知る人には忘れられない名だろう。

開戦直後、米極東陸軍司令官としてフィリピンにいたマッカーサーが、開戦翌年の1942年(昭和17年)、日本軍の猛攻にあい、オーストラリアに脱出した際に残した言葉、「アイ・シャル・リターン」。1951年、当時のトルーマン米大統領に解任されて日本を去るときの「老兵は死なず、ただ消えゆくのみ」の二つの言葉は、ことに有名で、当時の流行語にもなった。

本書ではフィリピンのバターン半島からマッカーサーとともに決死の脱出を行い、以後もその側近となって“バターンボーイズ”と呼ばれることになった15名の陸軍将兵の視点を中心にこの巨人の光と影を克明に検証している。

どこの戦線でもヘルメットなどをつけず、平然と前線に立った勇気や、ウエストポイントをかつてない最高の成績で首席卒業した知性。その一方で、思い込みが強く、しばしば信念を豹変するに至った経緯などの人間性が的確にとらえられていて興味深い。

貧困の僻地』 曽野綾子:著/新潮社:刊/1,400円+税

「僻地」は必ずしも「貧困」ではない、ということを意味している表題のようである。「もう何度目のアフリカか数える気にもならない」というほど、アフリカの奥地を知っている著者は、どんな田舎に行っても電気や水道があり、NHKの電波が行き渡り、農協や漁協の売店があり、舗装された県道を30分も走ればコンビニやスーパーマーケットにたどりつける日本には、基本的に僻地はないという。

アフリカの僻地が決定的に日本と違うのは、ほとんどまともな医療行為を受けられないことだ、と言う。著者が訪ねたマダガスカルの僻村ベレーブという村の診療所は、廃墟に近い建物で、電気も水道もトイレもなく、そこで働いているのは医師ではなく看護助手のような青年だったとか。

こうした僻村では、金が無ければ死ぬほかはない。ベレーブで急患が出て一応の病院があるモランダバの町まで200キロを運ぶとしたら、まず川舟まで運ぶタクシーや牛車の代金、川舟のチャーター料、町の近くの港から病院までのタクシー代がかかる。仮に救急車に払う金があっても、村の周囲全域が時速20キロも出ない悪路だから基本的に救急医療は成立しない、という。「いじめは世界中のどこにもある普遍的な情熱」という基本的な認識からイジメ論を展開するなど、独自の見識をみせるエッセー集。

るり姉』 椰月美智子:著/双葉社:刊/1,600円+税

9784575236606

『るり姉』
双葉社:刊

さつき、みやこ、みのりの三姉妹は、幼い頃に両親が離婚し、看護師の母けい子と4人で暮らしている。けい子の妹るり子は、周りの人を思いやり、さりげなく盛り立ててくれる天真爛漫な女性で、三姉妹は彼女のことを“るり姉”と呼んで、慕っている。るり姉は「まあ兄」と離婚して、今は開人[かいと]と再婚しているが、いつも元気印のるり姉がなぜ離婚という決断をしたのか、みんな深く聞かないままでいる。

そんなるり姉が、入院してしまう。お腹に悪いものができたらしく、お見舞いに行くたびにやせ細っていくるり姉を見て、三姉妹は快癒を願う。るり姉がいなくなることを想像するだけで一人ひとりが悲しくなり、ささやかな日常のかけがえのなさを感じずにいられない――。

大人と子供の中間のような女性、るり姉との日々を、問題がある患者に振り回されながらも、看護師として母として頑張る姉・けい子、姪の三姉妹、夫・開人の視点から見つめた家族小説。

『しずかな日々』で野間児童文芸賞と坪田譲治文学賞をダブル受賞した注目の作家が、欠落した部分を補い合いながら明るく生きる人々の日常をみずみずしく描いている。離婚や病気などの辛い事があっても、前へ、前へ、と頑張る人々に、そして奇跡が訪れる。

風の中のマリア』 百田尚樹:著/講談社:刊/1,500円+税

スポーツ小説『ボックス!』が話題になった著者の新作はオオスズメバチの凄絶な生態を活写したスペクタクル小説である。

オオスズメバチは、学名ヴェスパ・マンダリニア。スズメバチ亜科の中で最大のスズメバチで、コガネムシやバッタなどの昆虫を襲って噛み砕き、肉団子にして幼虫のエサにする。秋の繁殖期には、他の蜂の巣を襲撃してサナギと幼虫を奪い取る。太い針から噴出する毒液で、大型哺乳類さえ殺傷する力がある、きわめて獰猛な生物だ。

物語の主人公マリアは、女王蜂・アストリッドを「偉大なる母」とする帝国の働き蜂(ワーカー)で、“疾風のマリア”の異名をとる最強のハンター。勇敢なオスバチ、フリートムント由来の遺伝子を孕み、帝国(巣)で幼虫を生み続けるアストリッドの娘として生まれた働き蜂の寿命は羽化後30日ほどしかない。狩りと戦いに明け暮れる姉妹たちが命を落としていく中、生き残り、古参の戦士となったマリアは、新たな女王蜂になる妹たちを守ろうと、最後の力をふり絞っていく。

自らは恋も生殖もせず、ひたすら狩りをして幼虫を育てる働き蜂の宿命は、過酷な生存競争が繰り広げられる自然界で、遺伝子を残すための摂理に基づく。短い命を激しく燃やすマリアの生涯から、自然界の苛烈な生存のありようを伝える、異色作である。

(K・A)

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