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有鄰


平成14年11月10日  第408号  P5

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 「ハリー・ポッター」人気の秘密 (1) (2) (3)
P4 ○J・S・エルドリッジ  ヘンリー・タイナー
P5 ○人と作品  諸田 玲子と『笠 雲』        藤田昌司

 人と作品

次郎長の下で富士山麓の開墾に取り込む、大政の苦闘を描く

諸田玲子と笠 雲
 

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  次郎長一家を題材にした三作目

 諸田玲子さんは今最も注目されている時代小説の新鋭。デビューからまだ四年だが、すでに流行作家の波に乗っている。最新作『笠雲』(講談社)は明治維新後、市中取締役に任じられた清水次郎長の下で、囚人を使役し、仕切り役として富士山麓の開墾に取り組む一の子分・大政(政五郎)の苦闘を描いた力作。

諸田 玲子さん
諸田 玲子さん
 諸田さんには小政の生涯を描いた話題作『空っ風』もあり、次郎長一家を題材にした作品はこれが三作目だ。次郎長一家の“語り部”となった観があるが、作者自身が静岡の出身ということ以上に何かが……?「じつは私、次郎長の血筋の人間なんです。次郎長には子供がいなかったので、兄の佐十郎の娘を養女にしたのですが、その女の人が、私のおばあさんのおばあさんに当たるのです。それで小説のことを考えていると、いろいろ浮かんできても、結局そこに戻ってしまう。作ろうとしなくても、出てくるんです」

 次郎長一家のドラマは、生まれながらにして諸田さんの血の中に渦巻いているということらしい。ところで『笠雲』の題材になっている富士の裾野の開墾は、勝海舟の発案で旧幕臣を大井川西岸、牧之原台地に入植させて成功したのがきっかけだ。その成功に注目した山岡鉄舟が権県令(ごんのけんれい)に、次郎長一家に富士山麓を開墾させてはどうかと提案、次郎長は女房お蝶のすすめもあってこれを引き受けたものの、子分だけでは人手が足りないので、静岡の監獄に収容されている受刑者を使役したいと願い出て実現したのだ。赤い獄衣を着せられ、“赤ん坊”と呼ばれて獄に繋がれていた受刑者たちも喜んだ。

 しかし荒蕪の地の開墾は難事業だった。仕切り役を任された政五郎はまず“赤ん坊”たちが寝起きする小屋作りから始めなければならなかった。最も恐れたのは逃亡である。食料と水の確保も大変だ。県の助成金はたちまち底をつく。おまけにヤクザ稼業に明け暮れていた子分たちは労働が苦手である。

  時代に取り残された男たちのあわれさ

 そうした中で政五郎の片腕となって奮闘してくれるのが古参の子分、相撲常(すもうつね)だ。やはり力士出身の政五郎と気が合った。だがこの相模常が後にとんでもない過ちを犯す。開墾に従事している若い囚人の義母にだまされ、弄ばれた末、その囚人の逃亡を手助けする結果となってしまうのだ。

 その義母とは、静岡の葉茶屋の後妻のおじゅうで、三十三歳の女盛り。黒密のような瞳をした色っぽい女で、政五郎も会えば心がときめく。おじゅうは次郎長一家が都田一家を襲って石松の仇を打った抗争の舞台、駕籠屋の娘だったが、この事件があって店は潰れ、おじゅうは葉茶屋の後妻となっていた。しかし、おじゅうが後妻に入ると間もなく夫は病に倒れ、おじゅうは先妻の息子佐太吉(さだきち)と密通、それがきっかけでぐれた佐太吉は罪を犯したのである。「開拓地で囚人が逃げた事件は事実です。おじゅうという女が駕籠屋にいたことも事実ですが、キャラクターは私のフィクションです。義理の息子の佐太吉は完全に私のフィクションです」

 哀れをとどめるのは、相撲常だ。女の色仕掛けの罠にはまって囚人脱走を手助けする結果を招いたうえ、おじゅうに惨殺されてしまうのだ。おじゅうの背後には、次郎長一家の宿敵、金蔵一家の悪知恵があったのだが……。

 相撲常の墓は今、この開拓地にある。〈「力士の墓」と刻まれた自然石が置かれ、だれが植えたのか、墓石の隣に柊(ひいらぎ)の若木が寄り添うように並ぶ墓は、素朴で頑丈で、そのくせ童心を失わない相撲常の面影を彷彿(ほうふつ)とさせた。〉「相撲常の墓が今もあるだけでなく、近くには“次郎長”というバス停もあります。私がこの小説で書きたかったのは、時代の流れに取り残された男たちのあわれさです。この開墾も結局、囚人の逃亡で失敗に終わり、しばらく経って再開されるんですが、政五郎たちは、おじゅうと闘い、自然と闘い、いずれも一筋縄ではいかないものと闘って敗れたのです。小政のように反旗をひるがえす生き方のほうが楽で、大政的生き方が本当は大変なのだと、そのことを現代に重ねて書きたかったんです。ドロップ・アウトした人間に興味があるので、次郎長一家のことはこれからも書こうと思っています」

 諸田さんは上智大学英文学科を卒業して外資系化粧品会社に勤めた後、テレビ「東芝日曜劇場」のドラマを二十五本ほどノベライズ、そのうちに「突然自分のテーマが書きたくなって」作家に転じた。

 諸田玲子著
 『笠雲
       講談社 1,890円(5%税込) ISBN:4062107503

(藤田昌司)


(敬称略)


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