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有鄰


平成14年8月10日  第417号  P4

 目次
P1 ○私にとっての戦争文学  伊藤桂一
P2 P3 P4 ○座談会 清水次郎長 (1) (2) (3)
P5 ○人と作品  中谷そらと『ゆらゆら』        藤田昌司

 座談会

清水次郎長 (3)


 

  教師を招き青年たちに教える英語塾を開設

黒鉄  それに、英語塾を始めるとか、アカデミックなにおいも。

藤田  その英語をやれという話は、すごいですね。

黒鉄  あれはほんとですもんね。向島の「末広」の一室を開放して、教師を招いて青年たちに英語を教えているんです。

諸田  やる気はあったみたいですけど、本人は英語が何たるかを知っていなかった。

藤田  英語塾で勉強した人の中からハワイに行った人がいますね。

黒鉄  三保村の川口源吉。ハワイ移民の先駆者として成功した源吉の生家は、今でも「ハワイさん」と呼ばれているんです。でも、英語がどのぐらい達者だったかはわからないですよ。(笑)

藤田  それにしても、先覚的な精神があったんですね。やくざの親分が、いくら維新になったからといって英語塾まで開いた。次郎長の意外な一面ですね。

黒鉄  パッとええとこどりでしょうね。

 

  何でもかんでもやりたがる情熱と元気が

藤田  理学の話も本当ですか。山岡鉄舟に「おまえに理学の心得があったなら」と言われて、それで本屋に行って理学を勉強しようと思うんだけど、理学って全くわからんというエピソードが、『東海遊侠伝』にある。この理学というのは、今でいうとどういう学問ですか。

黒鉄  大きくは自然科学で特には物理を指しますが、当時は理気といった哲学をも含みますから、次郎長クンには無理でしょう。

諸田  何でもやりたいというパワーはすごいですね。

黒鉄  その場にとどまって考えないのね。すぐ行動に移すところは、龍馬にも似ている。龍馬もほとんど本を読んでないですもの。そのかわり人が万巻の書を読んで、頭に入れて、咀嚼したものを龍馬に言うと、一発でわかっちゃうわけですよ。たまらん。

次郎長もまさにそうで、今の世の中にもし次郎長ありせば、やくざにはなっていないと思いますよ。こんなに複雑な世の中、きっと違うやり方をしていますね。

諸田  でも本人はすぐに飽きちゃう。開墾と言えば真先に飛びつく。石油って言えば飛んでいく。蒸気船会社をつくって静岡茶を運んでるのなんかはすごいですよね。何でもかんでもやりたがる。今の世の中は、後先見ずにやってやろうという情熱がないでしょう。そういうところが次郎長を書きたいというもとになる。みんな元気がないから、やっぱり、これから次郎長です、頑張りましょうねと言いたくて。(笑)


次郎長一家には日本古来の家父長家族が

黒鉄  『空っ風』はよかったな。少ない断片をつないで、これだけ小政の立体像をつくったというのは、すごいものだなと思う。小政なんて資料が少ないですものね。

諸田  そうですね。小政は調べにも行ったんですけど資料が少ない。ただ、いろんな説がとれるから、物語としてはつくりやすかったですね。それと私の場合、時代の変化から見放された人を書きたかった。股旅物ではなく、バブル後の会社人間の虚しさと重ね合わせて。

黒鉄  小政ってたたき上げでしょう。あれは生粋の、生まれ落ちてのやくざで、次郎長のロボットをつくったような感じですね。次郎長は自分を見ている自分がいる。小政の悲劇は自分を見られなかったことでしょうね。

空っ風・表紙画像
諸田玲子著『空っ風』
講談社文庫
藤田  諸田さんがお書きになった三部作はどちらかというと、あの時代からドロップアウトした人物として書かれている。それだけにやっぱり共感を持たれるんだと思うんですね。

諸田  私自身が次郎長の講談や映画を知らずに育っているので、股旅物からは入っていけないんです。

 

  大政や小政も乾分を持っている親分

藤田  次郎長の乾分の中にも大政、小政とか、ランクがありますよね。

黒鉄  その前に、大政も小政も全部親分なんですよ。ですから、次郎長がいて、乾分は支部長というところですね。

諸田  何かあると乾分を連れてワッと集まって……。

黒鉄  招集がかかると、みんなワッと集まる。だから映画にあるように大政、小政がいて、「へっ、親分」。「何だい」って石松がのぞく。そんなことはないんですよ。石松はあっちのほうで……。

藤田  親分?

黒鉄  石松は、親分じゃないでしょうね。徒党を組んで悪さをしていたクラスでしょうね。

諸田  なぜ次郎長だけが生き残ったのかというのを黒鉄さんはきちんと追求しておられますね。私もなぜだろうって、いろいろ考えていたんですが……。

 
黒鉄ヒロシ著『清水の次郎長』(文藝春秋)から
黒鉄ヒロシ著『清水の次郎長』(文藝春秋)から


黒鉄  僕の狭い狭い私見ですが、一、二の例外をのぞいて、地元の清水の人を乾分にしていないですよね。大政、鬼吉は尾州、小政は遠州、法印と七五郎は甲州、綱五郎は江戸、仙右衛門は富士なんです。

当時は、寒村というか、そこいらの食い詰めとかを集めるのが普通ですが、次郎長の場合は、ほとんど遠くから集めている。そうすると、余計頑張るでしょ。裸一貫できのうきょう出てきたわけですから、実力を発揮しないと認めてくれませんよね。

信長とちょっと似ていると言ったのは、そういうところで、光秀も秀吉も、頑張らなきゃ、即刻首ですから、戦闘軍団としても強かったんだろうと思います。それに、何かあったとき、遠いと親戚縁者に迷惑がかかりにくいということもあるし。

藤田  それで、次から次に養子にしていく。

黒鉄  赤の他人と親子では結束力が違ってきますよね。

 

  次郎長一家のお墓がある梅蔭寺で年一回冥福を祈る集まりが

藤田  明治維新後の清水一家は、抗争は全然しなくなりますよね。新門一家もそうですね。

大政の末裔とか、小政の末裔とか、みんないらっしゃるんですか。

諸田  大政はわからないです。小政は死に方も諸説ありまして……。

黒鉄  諸田さんの本での小政の末路は哀感が漂って、いかにも小政に相応しい。

諸田  あれはフィクションですが、いろいろわかっている方もいます。

次郎長は明治二十六年に七十三歳で「末広」で亡くなりお墓は梅蔭寺にありますが、そこには、お蝶をはじめ、大政、小政など一家のお墓もあって、年一回、「次郎長翁を知る会」が、次郎長の冥福を祈る集まりをやっているんです。そこに末裔の人が集まるんです。

 

  次郎長を消したのは「司馬遼ブーム」と高度成長

藤田  次郎長ブームが一時終わってしまったのは司馬遼太郎さんの『新選組血風録』のせいじゃないかと言われてますが、これはなかなか面白い着眼点だなと思いました。

黒鉄  次郎長が、急に弱くなって消えてしまったのは何でかなと思って、年譜を調べていくと、やっぱり司馬遼太郎さんの『竜馬がゆく』、その前段に『新選組血風録』がある。あの辺から幕末の風景がバーッと変わるんですよ。

藤田  そう思います。非常に月並みな言い方かもしれないけれども、僕はやはり「司馬遼ブーム」になったのは、日本の高度成長と関係があるんじゃないかと思います。

黒鉄  ありますね。それとあと、学生運動も相当影響してますね。

藤田  志を持った運動ですね。それが全部閉塞状況で壁にぶつかって、今、もう一度次郎長が見直されているんだと思いますね。

 

  価値は全部自分で決めていく自由人・次郎長

黒鉄  今の時代は大きな遊びを許さないでしょ。余裕がないですよね。だからこそ楽しく呼吸して、みんな幸せに生きて、幸せに死んでいけばいいじゃないかと思う。そしたら、次郎長のほうがバイブルなんです。龍馬は人を迷わせる。抜き差しならない所まで連れていく。ところが次郎長はそうじゃない。あるところまでは連れて行くんです。でも、そのあとは自分の裁量で決めろと。

諸田  価値観を、幕末の志士や新選組でもそうですが、とにかく一つの決められた枠に入れようとするけど、次郎長の場合、そういうものが良くも悪くもないんですね。価値は全部自分で決めている。

黒鉄  大変自由人なんですよ。そっちの角度から見たほうが、次郎長の全貌が見えますね。

 

  地下水脈のように現在にも繋がっている次郎長

黒鉄  僕らの世代は、先輩を含めての会社組織も、何か大政、小政をつくっている。派閥ごっこも似たようなものですよ。だから、堅気の世界にもずっと次郎長が生きていたというのは、配分がいいんです。

大瀬の半五郎、追分の三五郎、石松と、役どころが全部決まっているから、これは地下水脈のように現在にも繋がっている。これがなくなるのがほんとにもったいない。財産なんですから。

諸田  やっぱり広い意味での家族ですよね。日本古来の家父長家族が、ここにあるんだと思いますよ。

藤田  それから組織の良さというものがありますね。

諸田  それと、だめな人が一人いてその組織が生きるみたいな、懐の大きさが今はないですよね。

藤田  侠客の世界はやはり義理と人情でしょう。現代は家族、組織にも義理と人情なんてなくなった。そういう意味で次郎長一家の世界は郷愁を持たれるんだと思う。やっぱり読まれるだけの社会的背景があると思う。

黒鉄  解放感だったんでしょうね。

諸田  ユーモアやジョークも解放感から生まれるものだと思います。今の時代、ちょっと斜めに見るようなところがないですよね。『清水の次郎長』の中には全編にそれがありますね。その洒脱なところが、現代には絶対必要なものだと思いました。

黒鉄  諸田さんは『空っ風』で小政を書かれましたが、僕も小政だけやりたいんです。鉄砲玉の夜桜銀次と小政を、現代と明治をオーバーラップさせながら……。

藤田  日本のやくざ史上、最大の抗争といわれた関西・九州戦争のとき、伝説の一匹狼といわれた男ですね。

黒鉄  やくざ者の、いつの時代でも変わらない世界を。

編集部  どうもありがとうございました。


 
くろがね ひろし
一九四五年高知市生れ。
著書『幕末暗殺』1,500円(5%税込)、『新選組』890円(5%税込)、『坂本龍馬』880円(5%税込)、いずれもPHP研究所、ほか多数。
 
もろた れいこ
一九五四年静岡市生れ。
著書『源内狂恋』新潮社1,785円(5%税込)、『あくじゃれ瓢六』文藝春秋1,700円(5%税込)、ほか多数。
 




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