Web版 有鄰

552平成29年9月10日発行

有鄰らいぶらりい

夜の谷を行く』 桐野夏生:著/文藝春秋:刊/1500円+税

学習塾を閉めて5年。63歳になる西田啓子は、平日昼はスポーツジムに通い、夜は風呂上がりに飲む発泡酒をささやかな楽しみにして、ひとり暮らしていた。2011年、「ニュース見た?」と妹の和子に電話で言われ、元連合赤軍最高幹部の永田洋子死刑囚が東京拘置所で死亡したことを知る。

永田死刑囚は、1971~72年の「連合赤軍事件」で新左翼運動の仲間を殺害した罪などに問われ、93年に死刑が確定していた。実は啓子も、39年前は連合赤軍の一員だった。私立小学校の教師を1年務めて退職し、活動に入った啓子は無名の存在で、リンチ殺人の舞台となった山岳ベースを脱走して逮捕され、5年余の服役をした。両親は病死し、今、交流のある相手は妹と姪だけだ。そんな折り、古市というフリーライターが啓子に取材で会いたがっていると、かつての仲間から電話が入る――。

〈何かが急速に進んでいることへの怯えと、自分が次に総括要求されたらどうしよう、という心配とで、身も心も縮かんでいた〉。連合赤軍に入った啓子は、何を見たのか。その後どのように生きたのか。忘れたい過去に追われる主人公の目を通し、時代のうねりと、それに翻弄される人間の姿を描きだした長編小説である。

左京区桃栗坂上ル』 瀧羽麻子:著/小学館:刊/1500円+税

左京区桃栗坂上ル・表紙
『左京区桃栗坂上ル』
小学館:刊

のんびりした性格で、初対面の相手には人見知りしてしまう璃子はひとりっ子で、損害保険会社の営業職を務める父と、専業主婦の母との間に生まれた。1歳で広島、2歳半で北海道と、父の仕事で転々とする璃子が、奈良に越したのは4歳のときだった。公園で出会った同い年の果菜と仲良くなり、3歳上の果菜の兄とも遊ぶようになる。「りこちゃん、お兄ちゃんとケッコンしたら?」と果菜に言われ、「わたし、お兄ちゃんのおよめさんになる」と宣言した璃子だったが、父がまた転勤することになった。

奈良から埼玉、愛知、新潟と越し続けた璃子は、小学6年の修学旅行で行き先が京都と知り、果菜に会う計画を立てる。自由行動の時間を使って奈良へ向かい、果菜を見つけたが彼女は気づかない。落ち込む璃子に声をかけてくれたのはお兄ちゃんだった。

物語は、璃子と“僕”という男女ふたりの視点を交互に連ね、過去を振り返るかたちで進む。4歳にして“ケッコン”を意識した璃子の、お兄ちゃんに対する初恋は進展するのか。対照的な性格の幼なじみ、果菜との友情はどうなるのか。子供から大人へ、人物たちの成長と心情の変化を丹念にたどる。出会いと別れを通して知る、「大切なこと」を浮き彫りにした、爽やかな青春恋愛小説だ。

あのころのパラオをさがして』 寺尾紗穂:著/集英社:刊/1,700円+税

南洋の“楽園”と言われるパラオは、1920年から45年まで日本統治下にあった。南洋庁が置かれ、作家の中島敦や彫刻家・民俗学者の土方久功が赴任し、日本人の移住者も多かった。

中島敦の小説を愛読し、「南洋もの」を通してパラオを知った著者は、いつかパラオを訪ね、中島敦が目にした風景を見て何かを感じ、書きたいと考えていた。本書は、著者が実際にパラオに赴き、当時の暮らしを掘り起こした歴史ルポルタージュだ。

旧首都コロールにあるパラオ国立博物館には、スペイン、ドイツ、日本による統治についての展示があった。著者は、日本統治時代を知る高齢者の話を聞き、中島敦らの著作と照らして当時を探る。統治国である日本の戦況悪化は、島民の生活に影響を及ぼした。日本人の移住者は引き揚げることになった。

著者は、音楽活動の傍ら『評伝川島芳子男装のエトランゼ』などのノンフィクション、エッセイを執筆。文筆家としても活躍している。本書では、パラオからの引揚者が集団で移住した宮城県蔵王町の北原尾なども訪ね、証言を集めている。1981年生まれの著者が、70年以上前のパラオとそこで暮らしていた人々、そして戦争を見つめた、真摯な1冊だ。

いつの日か伝説になる』 藤本ひとみ:著/講談社:刊/1,400円+税

中学受験を目前にして距離ができ、不幸な事件で親戚に引き取られた小林健斗が、街に戻ってきた。ずっと気にかけていた上杉和典は、“もしできることがあれば、力を貸す”と決意する。

期末テストが終わり、和典は健斗と再会する。健斗は困窮しており、中学生の身で仕事を探していた。和典は健斗を京都に誘う。三住グループの懇親会が8月に開かれ、コネになればと考えたのだ。黒木貴和、小塚和彦ら開生高校付属中学2年の仲間にも紹介して京都に向かうが、健斗は暴力を肯定するようにナイフをちらつかせる。

懇親会場となる三住グループ創業家の別荘は、“幻の都”と言われる長岡京にちなむ場所にあった。別荘に着いた和典たちは、グループに君臨する村上と知り合い、因縁に巻き込まれていく。

エリート集団「KZ(カッズ)」が活躍する『探偵チームKZ事件ノート』は、2011年から青い鳥文庫で刊行中の大人気シリーズだ。本書はディープ版(KZ’DeepFile)として刊行されている、書き下ろし長編の3作目である。〈輝くような今の時間を大切にするといい〉。歴史や社会問題を盛り込み、魅力的な人物と手練の筆致で読者を引き込む。改めて著者の才能に唸る、エンターテインメントである。

(C・A)

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