Web版 有鄰

552平成29年9月10日発行

『源氏物語』と古地図で読み解く<ヨコハマトリエンナーレ2017> – 2面

八柳サエ

「島と星座とガラパゴス」―「孤立」と「接続」

ヨコハマトリエンナーレ2017のタイトルは、「島と星座とガラパゴス」。そこに込められたテーマのキーワードは、「孤立」と「接続」である。

「島」は一つの文化圏が独立する場所で、「孤立」した島々は海によってその環境が隔てられると同時に「接続」される。また古代から人は「孤立」してまたたく星をつなげて「星座」とし、世界を知る手がかりとした。「ガラパゴス」は固有の生態系を有する「孤立」した島。そこでのみ見出される特質が新たな知見をもたらし、次の展開へ「接続」していく。

今、人々は、情報氾濫の中、これまでの枠組みを超えたネットワーク化にぐんぐん引っ張られる一方、従来にない「孤立」にさらされている。ヨコハマトリエンナーレ2017は、「孤立」と「接続」を切り口に、今を生きるアーティストたちにより開示される多様な表現をご覧いただける国際的な芸術祭である。

第6回展の今回は、会期中、第4回展からメイン会場の1つとなった横浜美術館で、世界各国の大規模国際展開催を担う100名近いリーダーによる組織IBA(International Biennial Association)の総会が開催される。これは即ち、横浜トリエンナーレが世界で、最新アートの動向を知る主要な芸術祭の1つと見做されていることを物語るかもしれない。

横浜美術館美術情報センターでの関連展示

さて、横浜美術館内には、<モノ>としての資料の価値に着目し、図書室機能の充実を目指す「美術情報センター」がある。美術専門の図書室として、蔵書は11万冊以上、館外への貸出はしないが無料で一般公開している。閲覧室が550平米に及ぶ広さというのは、美術館の図書室としては国内屈指の規模。その閲覧室の一角で、今回展では、テーマ「孤立」と「接続」を複眼的な観点から考える「ヨコハマプログラム」の一つとして、「ひろがる源氏つながる古地図」展を開催している。

横浜トリエンナーレにおいて美術図書室で関連展示をするのは初めてで、図書資料を扱う図書室の視点から「孤立」と「接続」を読み解く企画として、前期「ひろがる源氏」(9月13日まで)と後期「つながる古地図」(9月15日から11月5日まで)で資料を入れ替えてご紹介する。

本展は、鶴見大学との共催で、同学文学部ドキュメンテーション学科の「特別実習」として実現した。こちらから提案した前期後期のコンセプトに基づき、教員の指導の下、履修学生が出品資料の選定や調査、展示会場用の解説執筆などに携わった。

ヨコハマトリエンナーレ2017では他に、横浜国立大学大学院/建築都市スクール(Y-GSA)との連携もあり、地元大学との連携は今回展を盛り上げる一要素となっている。

「ひろがる源氏」

鶴見大学図書館は、『源氏物語』関連の貴重な古典籍の所蔵で知られる。そこで、『源氏物語』の「写本」と「版本」で、「孤立」と「接続」を読み解いてみることとした。

『源氏物語』 「明石」巻 17世紀頃制作(奈良絵本)

『源氏物語』 「明石」巻
17世紀頃制作(奈良絵本)
鶴見大学図書館蔵

平安時代に成立した長編物語『源氏物語』は、今や世界中の人々に知られているが、成立当初は天皇を中心とする上流社会のごく限られた人々にのみ享受される文学であった。自筆の「孤立」した情報である原作が、手で書き写された真筆「写本」により人々に「接続」していた。初め朗読もされていた『源氏物語』が読書されるようになるのは、木に文字を彫って摺る「版本」が盛んになる時期と密接である。やがて寺子屋の普及で市井の人々に識字環境が整う背景も手伝い、「版本」は『源氏物語』の浸透と広域化をもたらした。「写本」として一部の階級の情報であった『源氏物語』が、「版本」によって庶民層にまで「接続」可能な情報に進展したのである。

成立後1000年以上を経た『源氏物語』の継承の諸相は極めて複雑である。浩瀚な『源氏物語』は、早くから物語に登場する和歌や場面を含む梗概書が創られたし、古典をより深く理解し継承しようとする注釈書の作成も、室町期に三条西家を中心に盛んであったという。また、原作成立後、ほどなくしてから絵画化され、「源氏絵」というジャンルが形成された他、工芸の優品も生み出された。王朝文化への憧憬から文学以外のジャンルにも広がった『源氏物語』が、やがて庶民にまで「接続」する頃には<見立て>や<やつし>の手法などで拡散し、かるたや双六など遊びの題材ともなっていった。

本展は、冷泉為相の筆と伝承される13世紀後半から末頃の写本や、三条西実隆の識語がある15世紀後半頃の写本、北村季吟による注釈書『湖月抄』(1673年跋)、仙台伊達家旧蔵が明瞭な「源氏物語系図」(18世紀頃)や菱川師宣画の『源氏大和絵鑑』、資料の状態が良い奈良絵本(絵入彩色写本)のほか、「源氏香図」や『源氏物語』を題材としたボードゲームとも呼べる華やかな「源氏五十四帖絵合」、中沢弘光装幀・挿画の色鮮やかな多色木版が眼を引く与謝野晶子著『新譯源氏ものがたり』全4冊、与謝野晶子の未刊の自筆原稿であった『梗概源氏物語』まで、鎌倉期から近代までを駆け抜ける盛りだくさんの『源氏物語』関連資料20点の展示である。

また、横浜美術館では以前に特別展「源氏物語の1000年」(2008年)を開催しており、図録や関連資料など美術図書室の蔵書を併せてお楽しみいただける。

「つながる古地図」

後期は、同学図書館所蔵の古地図から「孤立」と「接続」を読み解く。古地図は、例えば約400年前に「孤立」する島国日本が世界地図上にどんな位置と形状を与えられていたか、歴史的に日本が世界とどう「接続」していたかを教えてくれる。

マルコ・ポーロがジパング〔日本国〕についての伝聞を『東方見聞録』に記し、その存在を西洋へ伝えたのは13世紀末、コロンブスが『東方見聞録』によって意欲をかきたてられ、日本やインドへの渡航を企ててアメリカを発見したのは15世紀末である。コロンブスが知る世界地図では、欧州西岸とアジアの東岸の間は実際より狭く、日本は現在のカリフォルニアくらいの位置と考えられていたようである。実は倍近い距離にもなると知っていたなら、いかに勇敢なコロンブスと雖も日本渡航の野心を抱いたろうかとさえ思えて、世界と「接続」する上での地図の重要性をあらためて思い知る。

テイセラ「日本図」1595年版 銅版(オルテリウス『地球の舞台』掲載)

テイセラ「日本図」1595年版
銅版(オルテリウス『地球の舞台』掲載)
鶴見大学図書館蔵

今回出品のテイセラの「日本図」は、欧州で一般向けに市販された地図に描かれた日本図としては最古の例とされ、日本の東西の位置がほぼ正確な点が特筆される。地名の記入も注目され、「銀鉱山」を意味するラテン語は「石見銀山」を指すようだ。銅版に手彩色で、地図に絵画のような魅力があることもこの図から知れる。裏面のテキストには地理上の説明の他、至る所にある温泉が医療用に優れているとか、小麦からパンを作らず一種の団子の如きものを作るとか、日本の風俗が詳述されているのに驚く。

地図制作者オルテリウスは、当時最新の地図を集め、地図帳として出版することに力を注いだ。本図は、そうした地図帳『世界の舞台』に掲載されて1595年に出版された。『世界の舞台』は、これ以前の別版ではあるが、天正遣欧使節が訪欧中に手渡され、日本にもたらされた記録もあるという。

本展はこの他、浮世絵師・石川流宣による日本図「本朝図鑑綱目」(1687年)や、洞院公賢が撰した『拾芥抄』に収録された行基図など、西洋からみた日本地図のみならず、日本人による日本地図など計14点の古地図で構成される。日本と世界の「接続」が窺えるこれらの古地図は、絵画のようにも楽しめ、同時に大陸や島の形象、それについての記述など、情報の宝庫として興味尽きない。

八柳サエ  (やつやなぎ さえ)

1959年東京都生まれ。横浜美術館学芸グループ美術情報センター担当グループ長、主任司書、主任学芸員。

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