北澤平祐「ユニコーンレターストーリー」に寄せて
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STORY STORY YOKOHAMA
「ユニコーンレターストーリー」に寄せて
私は、このキュートなイラスト往復書簡小説(文通)の「ナツノ兄」と同じくらいの年齢で高度経済成長の末期、バブル期の始まりと終わりをなぞるように10代を過ごしてきた。
ネットやメールでの交流が誕生する少し前、友達と文通や、交換日記や、気に入りの音楽をカセットにダビングしてプレゼントするのは日常だった。
授業中にノートの切れ端に書かれたさもないメッセージが小さく折りたたまれて回されてくることも、令和の時代にはもうないことなのだろう。
そんな風に、まだまだアナログで時間のかかるコミュニケーションを当たり前に楽しんでいた時代を成長してきた自分にとって、この「ユニコーンレターストーリー」はフィクションであっても、心の中の記憶をそっとやさしくくすぐられるようなリアリティと心地よさ=エモさがあって、すぐに好きになったし、ひとに勧めたくなった。
「同時代を生きてきたエモさがぎゅっと詰め込まれた宝物のような本」だと思ったし、パーソナルな深層意識を揺さぶられた気がした。自分の物語のように感じたのだ。
同年代でも、仕事や配偶者の都合で海外に移住した友達もいた。そのころにはメールやSNSもあって、連絡をしようと思えばすぐにできるのだけれど、80年代生まれとしては、ちょっとした絵葉書を送ったり、返事を待ったりするのも現在進行形に楽しいことなのであった。
作中、メッセンジャーを使い始めたり(懐かしい)デジタルのやりとりをするようになるけれど、どこか違和感や本当に伝えたいニュアンスがかえって伝わらなくて、手紙のやり取りに戻る場面は、とてもよくわかる気がした。文通には書くという行為を通して、自分のその時の気分、ニュアンスを乗せることができる、だから気持ちがつらい時はなかなか書けなくてすれ違いになることもあるし、返事を待ちながら相手が遠い空の下どうしているかな、と心配する時間の大切な意味もよく知っている気がする。
この物語を、私と同年代が読むととてもリアルでちょっと照れくさい気分になるかもしれないけれど、今の若い人たちが読んだらひと昔まえにタイムスリップしたような、ノスタルジックなファンタジーと思うだろうか。
でもどんな世代であっても、自分の進む道の途中で悩んだりもがいたりして居場所を見つけ、成長していく人たちの物語にはつよく共感するだろうし、背中を押してくれるメッセージがあるようにも思うし、本屋としてはたくさんの人の手に届くようにお手伝いしたいと思ったのだった。恋心があるようなないような、ふたりの幼馴染の海を隔てた手紙のやり取り。お互いの成長と離れた距離を思いながら、つかず離れずのかわいいソウルメイトたちのちいさなちいさな奇跡の物語。
追記
あと、個人的には卒業式のあとケイドロを・・・という描写が、私の場合は高校3年の3学期の最後の方にクラスでやったのを思い出して(高校生にもなって!)頬が緩んでしまい、田舎に住んでいた遠い日々に思いを馳せたりしたのだった。
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名智理