Web版 有鄰

479平成19年10月10日発行

藤原智美と『暴走老人!』 – 人と作品

暴力的な行動に走る高齢者を浮き彫りにする

藤原智美氏
藤原智美

3つの切り口に思い至る

受付係に対し、突然怒りを爆発させた初老の男性の姿を税務署で見たその足でスーパーマーケットに入ると、70歳前後の男性が店員に対して猛烈に怒っていた――。そんな出来事に立て続けに遭遇した藤原智美さんは、不可解な行動で周囲と摩擦を起こしたり、暴力的な行動に走る高齢者を“新老人”と名づけ、取材を始めた。

「“ごみ屋敷”のようにワイドショーで放送されるような事件もありましたが、面白おかしく書き立てるカタログ本にしたくありませんでした。さまざまな事例の背景にあるものはなかなか見えて来ませんでしたが、やがて、これは老人に限った問題ではないなと思い至り、『時間』『空間』『感情』の3つの切り口が生まれました」

まず「時間」。ファストフードや携帯電話、デジタルカメラなどが登場し、生活はとても便利になったが、「待つこと」が省かれるほど「待つこと」に対するストレスが増えるようだ。病院で順番待ちに耐え切れず、ロビーの床に転がってわめき散らした年配の中年男性がいた。

「空間」を見ると、地域社会で孤立した独居老人が、自宅をごみで充満させてトラブルになったり、毎日のように通う居酒屋で事件を起こすケースがある。コンビニで連日長時間の立ち読みを注意された70歳の男性が、チェーンソーで店長を脅した事件が2006年に起きている。

「感情」面では、例えばサービス産業で「笑顔」「心」が業務マニュアルに組み込まれ、表情が本来の感情と切り離されたものになっている。

「例えば、エレベーターに乗り合わせたとき、操作パネルの近くにいる人がボタンを押すのが、最近の“透明なルール”です。現代人の多くが透明なルールに過敏になり、新しい道具やシステム、日々更新される透明なルールをどれだけ受け入れられるかで生きやすさが決まります。IT(情報技術)社会になって更新のスピードが加速し、若い人でさえ窮屈さ、生きにくさを感じている。特に高齢者は、システム化社会の『新常識』に順応できず、情動を爆発させてしまう」

電子メールや携帯電話の登場で、コミュニケーションの質は大きく変化した。携帯電話を持っていないと不安になる「ケータイ依存傾向者」も現れている。知り合いは多いが、浅い人間関係がスタンダードになり、そんな環境を苦手とする「古い世代」は生きづらい。

「以前は、地域の相談役のようなご隠居がいたり、子守りの達人のおばあちゃんがいたりで、老人の経験知は感謝の対象でした。今は地縁が解体し、高齢者はカルチャーセンターなどに入ります。しかしそこで趣味を極めても、人間関係の中で役立っているのではないから『ありがとう』と言われない。人が生きる場合、何か役立っている要素が大事なので、コミュニケーション不全の状態になる」

その状態は、社会全体で見られる。この本に書かれたデータではないが、05-06年の「現代親子調査」(サントリー次世代研究所)では、中学生の子供を持つ父親は、「何でも話し合える友だちのような父親」像を志向している。ところが中学生の方は、悩み事の相談を親よりも友だちにする子が多く、約2割の小中学生が「誰にも相談しない」と答えていた。家庭内でも、生のコミュニケーションがとりづらい状況だ。

「私の近くにもいる」と他人事と思ってほしくない

1955年、福岡市生まれ。明治大学政治経済学部卒業。90年に「王を撃て」で小説家としてデビュー。92年『運転士』で芥川賞。小説に『群体(クラスター)』『モナの瞳』などがある。ドキュメンタリー作品も手がけ、97年に住まいと家族を考察した『「家をつくる」ということ』がベストセラーに。『家族を「する」家』『なぜ、その子供は腕のない絵を描いたか』などがある。

「“愛と感動の物語”を書きたくても、僕の場合はどうしても、世の中の暗がりの方に目が向いてしまいます。家、夫婦、子育て、老後と一連の流れをつけて、メディアに流れる理想像とはギャップがある、現実の人間関係、人間の姿を考えてきました。ここで一区切りつけ、小説にも注力したい。この『暴走老人!』について、『あ、私の近くにもいる、こういう人』と他人事と思ってほしくないですね。誰もがいずれはこの日本社会で老人になるわけですから、“暴走”の背景にあるものを、自分の問題として読んでもらえれば嬉しいです」

(青木千恵)

『暴走老人!』

暴走老人!
藤原智美/文藝春秋/1,000円+税

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