Web版 有鄰

558平成30年9月10日発行

有鄰らいぶらりい

セーヌ川の書店主』 ニーナ・ゲオルゲ:著/集英社:刊/2,100円+税

ケストナーの『人生処方箋』に因んで名づけた船〈文学処方船〉をパリ、セーヌ河畔に浮かべ、悩める人々に本を“処方”する書店主ジャン・ペルデュ。物知りで人の心情を読むことに長けた彼は50歳になるが、癒えない傷を心にずっと抱えていた。

本を日常の清涼剤にしている客、店名に惹かれて寄る客、王様気取りでいる客。さまざまな人が船に訪れる。女性客が手に取った本を見て「あなたのタイプではありません」と言ってしまい、ひと悶着起こすペルデュ。その本、『夜』は絶望する青年の内面告白の書で、悩んでいる様子の女性客が読むには酷な気がしたのだ。『夜』で華々しくデビューした青年マックスは実はペルデュの友人で、次作を書きあぐねて逃避中だ。ある日、不意に見つかった古い手紙をきっかけに、20年前の恋人との別れから止まったままだった、ペルデュの心の時間が流れ始める。

ドイツの作家が2013年に発表し、37ヵ国で計150万部を売り上げたヒット作の邦訳。舞台のパリ、南仏の風景や、心理の描写が鮮やかだ。リンドグレーン『長くつ下のピッピ』、ヘッセ『階段』などいろんな“効能”を持つ名作のエッセンスが散りばめられ、本好きにはたまらない再生の物語である。

彼女の恐喝』 藤田宜永:著/実業之日本社:刊/1,600円+税

母子家庭で育ち、奨学金制度を利用して都内の女子大に通う岡野圭子は、六本木のクラブでホステスのバイトをして生活費を稼いでいた。勉強をして名の知れた大学に入れば将来は開けると思っていたが、大学4年の10月になっても就職が決まらず、何もかもが嫌になっていた。

ある日、クラブから帰宅するタクシーで客に言い寄られ、途中下車をして歩いていると、店の客の1人である国枝を見かける。国枝は55歳で自宅は品川と聞いていたが、なぜ杉並のマンションから出てきたのか。翌日、そのマンションで殺人事件があったと知り、圭子は国枝を脅迫しようと思いつく。

偽名で脅迫文を送り、要求通りの大金をせしめた圭子だったが、ほどなくして国枝と違う人物が逮捕され、容疑を認めているという報道が流れる。なぜ国枝は恐喝に応じて金を出したのか、それとも冤罪か。平静を装いホステスを続ける圭子に、国枝がなぜか接近してくる――。

苦学する若い女性と、六本木のクラブに出入りする高収入の男たち。恐喝は暴かれるのか、国枝とはどのような人物か、危険だらけの都会で自活する若い女性を主人公にした長編サスペンスだ。二転三転する人間模様を直木賞作家が手練の筆致で描く、優れた作品である。

骨を弔う』 宇佐美まこと:著/小学館:刊/1,600円+税

川の増水で堤防の土が抉られ、露出した人骨。殺人事件かと思われたが、それは理科の教材などで用いられる骨格標本だった。人騒がせな“バラバラ事件”に警察は首を捻るばかりだったが、身に覚えのある人々がいた。

都内の広告代理店で働く哲平に、幼なじみの豊から「骨を埋めたやろ?」と突然電話がかかってくる。哲平と豊の故郷は四国の真ん中に位置する替出町だ。小学5年生の時、同級生の佐藤真実子が発案し、京香、正一、哲平、豊の5人で骨格標本を埋めた。真実子いわく「骨を弔う」儀式から29年。替出町で標本の骨が見つかった事件を機に、かつての仲間たちが過去を振り返っていく。

恋人も自分も忙しく結婚に踏み切れない哲平。四国で細々と家具職人をする豊。三代続く政治家の家に嫁ぎ、夫の家庭内暴力に苦しむ京香。震災で家族を亡くした正一。リーダー的存在だった真実子の行方は分からない。大人になった彼らが、約30年の時を経て知る真実とは。

2017年、「愚者の毒」で第70回日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門を受賞した著者による、書き下ろし長編ミステリー。人物それぞれが過去と現在に向き合う過程を丹念に描き、これからを生きる希望を探る、読み応えある1冊だ。

神に守られた島』 中脇初枝:著/講談社:刊/1,400円+税

『神に守られた島』・表紙

『神に守られた島』
講談社:刊

奄美群島の南西部にある沖永良部島は、太平洋戦争末期に激しい空爆にさらされ、日本軍の前線基地となった。

本書は、当時を記した資料と取材を元に書かれた戦争の物語だ。見渡す限り青いばかりの空と海の中に、手足がもぎ取られ、1本だけ残った足に軍靴を履いた兵士の遺体が流れ着く場面で始まる。島には日本の守備隊が駐屯している。島民は、激しくなった空襲の合間を縫って農作業をしている。語り手の「ぼく」の父親は、飛行場建設に徴用されたきり帰ってこない。

働き盛りの男は召集されたため、島は女こどもと高齢者ばかりになり、日本兵が駐屯する山を下りて田植えを手伝う。今は戦時だからと、それぞれが気丈に暮らしていたが、「ぼく」も含めてみんなが大切な人を亡くす。悲しみや嘆きを押し殺し、泣かずに暮らしていたぼくたちに、戦争が終わった時、不思議な感情が到来する。

少女時代に戦争にさらされた、3人の女性を主人公にした大作『世界の果てのこどもたち』が高く評価された著者による、2年ぶりの長編小説である。沖縄戦に比べると記録が少ない戦時下の沖永良部島に着目した異色作で、前作で描き切れなかった島のこどもの戦争を描く。戦時下の人々の悲しみと嘆きを、見事な文章で伝えている。

(C・A)

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