Web版 有鄰

429平成15年8月10日発行

有鄰らいぶらりい

輝く日の宮』 丸谷才一:著/講談社:刊/1,800円+税

この作家の10年ぶりの書き下ろし長編。期待にたがわぬ刺激的な力作である。テーマは一口でいえば古典の謎である。主人公は若い女性の国文学者・杉安佐子。中学時代、新左翼の大学生を仮の恋人とした小説を書き、これを真に受けた警察に家の電話に盗聴装置を仕掛けられたこともある才女だ。この才女が、恋をしたり、半ば同棲したりする私生活を縦軸に、彼女が発表して議論をよぶ研究論文を横軸にして展開するという設定である。

安佐子の研究でまず話題を呼ぶのは、「芭蕉はなぜ東北へ行ったのか」という論文。周知のように、これについては“芭蕉忍者説”などもあるが、安佐子はそんなものに一瞥もくれない。この年は衣川で死んだ源義経の500年忌だった。そこで義経を敬愛してやまない芭蕉は、その鎮魂の旅へ出たのだというのだ。

次に波紋を呼ぶのは「源氏物語」の謎である。この古典には脈絡が合わない部分がある。「桐壺」で始まる系列と「帚木」で始まる系列があると考えるべきではないのか。それを指摘したのは、哲学者和辻哲郎だという。さらに文献を調べると、藤原定家の書いた「奥入」(注釈書)には、「かゝやく日の宮 このまきもとよりなし」とあるという。安佐子はすすめられて、この欠落した巻を小説として書くことを決意する。

真相』 横山秀夫:著/双葉社:刊/1,700円+税

ミステリー愛好家の間では圧倒的な支持を受け、前回の直木賞候補でも本命といわれた『半落ち』が、事実誤認があるなどと言われて落ちた作者の新作短編集である。

事実誤認は実は選考委員側の事実誤認だったともいわれ怒った? 著者は、先ごろ、直木賞などいらない、という辞退宣言を行っている。芥川へ直木へと、草木もなびく文壇に結構な話といえる。作家が賞の権威に頼るなどは、あまり好ましいことではない。

この収録作5編を見ても、いずれも迫真力に富んだ作品ばかりで、読者の支持は当然だろう。表題作の「真相」は、高校生だった一人息子を殺された両親の話。10年後、別の事件で捕まった男が犯行を自供する。両親が警察から聞かされたのは、息子が本屋で万引きしたところを見て脅したのが発端であり、さらに息子には連れがいた、という意外な犯人の自供だった。

村長選に秘められた内幕を描いた「18番ホール」や、大学空手部のしごきを題材にした「花輪の海」など、5編とも事件が起こったあとのドラマを扱っており、その意味でも連作ともいえる。

短編にしては逆転また逆転と手が込みすぎているが、裏返せば手を抜かない力作ぞろいといえる。

打ちのめされるようなすごい小説
富岡幸一郎:著/飛鳥新社:刊/1,600円+税

昭和初期から今日までの日本語で書かれた小説のうち、「読者に衝撃と感動を与えるであろう」50編を選び、紹介・批評した本。

ほとんどが長編小説であるのは、「長編を読むという体験には、読む者の人生に何か決定的な影響を与えるものがあると思うから」と、三島由紀夫の言葉「あらゆる時間芸術のうちで、長編小説はいちばん人生経験によく似たものを与えるジャンル」を引く。

興味深いのは、純文学の文芸評論家である著者の選んだ作品に、いわゆる大衆文学が多いことである。とくに「昭和初期・戦前」の章では、6作のうちいわゆる純文学は島崎藤村の「夜明け前」だけ。あとの5編は、国枝史郎『神州纐纈城』、江戸川乱歩『パノラマ島奇談』、吉川英治『宮本武蔵』など、いずれも大衆文学の傑作である。

4期に分かれた戦後編の最後、平成期でも村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』や埴谷雄高「死霊」などに、宮部みゆき『火車』や高村薫「レディ・ジョーカー」が入る。

つまり「打ちのめされるようなすごい」―「すごい」はおもしろい、あるいは冒頭に引用された芥川龍之介の言葉「恍惚となる」と言い換えてもいいのだが-小説には純文学も大衆文学もないことも、この本は示している。

推理作家になりたくて(1) 匠
日本推理作家協会:編/文藝春秋:刊/1,714円+税

日本推理作家協会編「推理作家になりたくて マイベストミステリー」シリーズの第1巻。ミステリー界の流行作家がそれぞれに、自分の作品のなかから自信作を1編と、もっとも感動した他人の作1編、それにまつわる書き下ろしエッセーを加えるという構成で編んだアンソロジー。

トップの阿刀田高氏は自作から「運のいい男」。食味評論家として売り出し中の桜沢雅男は、Rのつかない月でも牡蠣が味わえるところが山陰地方にあると聞き、旅行の途次、足をのばす。鄙には珍しいホテルが一軒あり、そこが話題の穴場だった。

ホテルの社長は、村長でもある。一年中味わえる牡蠣の養殖に成功し、それで村おこしを図ろうとしていた矢先だった。桜沢は運のいい男だった。ライバルが急死して今日の地歩をつかめた。ホテルの歓待で季節外れの牡蠣も満喫できた。だが、夜中に急に腹痛。村長一族が経営する病院へかつぎ込まれる。ここで幸運の持ち主の主体は一変して村長側の方へ。エスプリのきいた結末だ。その阿刀田氏が推す他作家の作品は結城昌治の「替玉計画」。一種の警察小説だが最後の最後のドンデン返しが鮮やかだ。

(S・F)

※「有鄰」429号本紙では5ページに掲載されています。

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