Web版 有鄰

428平成15年7月10日発行

有鄰らいぶらりい

あやめ横丁の人々』 宇佐江真理:著/講談社:刊/1,700円+税

事件帳仕立ての長編時代小説。主人公の慎之介は紀藤家の三男で、幕府の少姓組頭をつとめる笠原源太夫の娘七緒と夫婦になり、同家を継ぐことになっていた。ところがその祝言の宴で事件が起きる。七緒が若い家人に連れ出されるのだ。2人は相思相愛の仲だった。後を追った慎之介は男を切り殺してしまう。七緒は悲しみのあまり縊死する。笠原家はこのためお家断絶となり、慎之介は同家からも怨みを買うことになる。

一時、日本橋の裏だなに身をひそめるが、4人組の浪人が襲ってくる。慎之介の護衛についていた腕の立つ若党の防戦で逃げのびるが、若党はその犠牲に。慎之介が落ちのびたのは、岡っ引が世話をした本所御竹蔵近くの「あやめ横丁」の裏だなだった。

そこは岡っ引の家で、妻が葉茶屋をやっていた。夫婦とも丁寧に遇してくれるが、そこの一人娘・伊呂波だけは、「慎公」呼ばわりだ。住んでみてわかったのは、あやめ横丁にはいずれも、わけありの人間ばかりが住んでいるということだった。伊呂波もそうだし、近所の悪たれ小僧もわけありだった……。

長編だが快調なテンポで展開し、江戸の風俗を背景に現代社会の縮図として描かれているのがいい。

月ノ浦惣庄公事置書』 岩井三四二:著/文藝春秋:刊/1,429円+税

本年度の松本清張賞受賞作で、中世の琵琶湖畔の寒村を舞台にした歴史長編小説。

源太少年は京の鴨川河川敷をねぐらとする悪党たちの頭領株だったが、正長元年(1428)の飢饉に際して発生した打ち壊しに、土倉(質屋)の用心棒に採用され、源左衛門と名乗って手代となる。

琵琶湖北端の小さな村・月ノ浦の荘園を管理している代官は源左衛門の取り立てに応じられず、代わりにこの月ノ浦の代官の地位を差し出す。こうしたことから、源左衛門は月ノ浦の代官となるのだ。

月ノ浦では一人の女が家に閉じ込められていた。近郷近在で注目された床屋の美貌の娘だったが、嫁いだあと、夫の浮気相手の人妻を殺し、処分待ちとなっていたのだ。源左衛門はこの女を自分の女とした。

代官所があるのは月ノ浦に隣接する高浦。折から高浦と月ノ浦は境界をめぐって争いを繰り返していた。源左衛門は月ノ浦に不利な処置をし、苛斂誅求、その結果、月ノ浦の領民たちが蜂起する。なぜ源左衛門は月ノ浦を虐待したのか。源左衛門は月ノ浦に生まれ、幼少の時代に捨てられたのだった。その怨みを晴らそうとしたのであるが……。

世界の中心で、愛をさけぶ』 片山恭一:著/小学館:刊/1,400円+税

おおげさなタイトルには、いささかたじろぐが、読むと今どき珍しい清冽さを感じる質のいい恋愛小説である。

中学2年のとき、はじめて同じクラスになった「ぼく」と「アキ(亜紀)」が、学級委員に選ばれ、2人の交際が始まる。聡明で皮肉屋らしい「ぼく」と、素直でまじめな感じの2人の対照的ともいえる性格が、会話を通して鮮やかに伝わってくる。

アキが勉強しながら聴くというラジオ番組の「聖夜の恋人たちのためのリクエスト特集」を新聞で見て、「身の毛のよだつような企画」と感じる「ぼく」の感性。2人に対する周囲の嫉妬から「ぼく」が自分の恋心に気づくようになる経過が、ユーモラスに自然に描かれている。

高校生になり互いに恋人と思うようになるが、キス以上には進まない。「肉体関係」をもちたい「ぼく」が友人にそそのかされ、無人の島で一夜を送るが、計画を見抜いたアキにたしなめられ、納得する場面もきわめて自然でリアリティがある。それだけにアキに襲いかかった病魔によるその後の悲劇が際立ってくる。絶望的な病状になったアキの最後の望みをかなえようと、病室から連れ出す場面は圧巻で、今どきの恋など信じない読者もホロリとさせられそうだ。

落ちてきた時間』 たからしげる:著/パロル舎:刊/1,500円+税

時間をめぐる9編を収めたSF短編集。ここでの時間はただ現在から未来へ流れるだけではない。現在がいきなり未来に変化したり過去と未来がすり替わったり、過去・現在・未来がいっしょくたになって、今がいつなのかも分からなくなったり、あるいは、まるで異なる世界をもつもう一つの現在が不意に出現して本物の現在と交錯したり…。

いずれの作品にもオランダの版画家エッシャーが描く幻想的な小宇宙のようなイメージが漂い流れている。たとえば「時間小屋」は日曜日の児童公園にいきなり出現したあやしげなダンボール小屋を舞台に、少年が突然、よぼよぼの老人になってしまう。

「夏の幻」は、未来の自分が過去の自分の危機を救う話だが、じつは、その少女の遠い未来は、産まれたばかりの遠い過去とも奇妙に隣接している。「ジュンヤ」は、迷い子の子猫のふるさとをパラレルワールドに設定した異世界探訪譚である。

主人公はいずれも子供だが地球を征服する予備工作として地球人を探検にやってきたエイリアンが、奇妙な赤ん坊に出会って混乱する「異」など何ともユーモラスで、大人から子供まで楽しめそうな9編である。

(F・S)

※「有鄰」428号本紙では5ページに掲載されています。

『書名』や表紙画像は、日本出版販売 ( 株 ) の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club 有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売 ( 株 ) が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.com の【利用規約】や【ご利用ガイド】( ともに外部リンク・新しいウインドウで表示 ) を必ずご一読ください。
  • ※ 無断転用を禁じます。
  • ※ 画像の無断転用を禁じます。 画像の著作権は所蔵者・提供者あるいは撮影者にあります。
ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.