Web版 有鄰

584令和5年1月1日発行

米澤穂信と『栞と嘘の季節』 – 人と作品

図書室で見つかった栞をめぐる、いくつもの嘘
図書委員コンビが謎を追う、青春ミステリ長編

米澤穂信
米澤穂信
撮影=露木聡子

装丁案から生まれた続編の構想

ベストセラー、『本と鍵の季節』(2018年刊)の待望の続編だ。〈図書委員〉シリーズの二作目である。

「ミステリの独立短編を依頼され、図書委員の堀川と松倉が謎を解く『913』を『小説すばる』2012年1月号に書きましたら、彼らの話をもっと読んでみたいとシリーズ化を打診されました。確かに彼らには『913』の前にも後にも物語があると連作をお受けし、短編集『本と鍵の季節』が生まれました。その際の装丁案がどれも素晴らしくて、この別案は続編ですね、『本と鍵』の次は『栞と毒』でしょうかと戯れ言を話していたんですが、タイトルが浮かぶと、どういう話なのか自分の中で膨らんでいき、今回の長編になりました。堀川と松倉は、探偵役としての力にそれほど差はありませんが、ものの見方が違うのでアプローチが異なるんです。人間に対する考え方が全く違う二人が、それぞれに推理能力を生かすコンビの探偵像は『913』ですでに確立し、継承されています」

2月の放課後、堀川と松倉は、返却本の中からトリカブトの花の栞を見つける。校舎裏でトリカブトが栽培されていることにも気づいた二人の前に、女子生徒の瀬野が現れる。「栞はわたしのもの」と言う瀬野だけでなく、それぞれが嘘をついていた――。

「当初は『栞と毒の季節』でしたが、毒という単語をタイトルに入れるのを避け、代わりに嘘としました。登場人物たちには自分の中だけで大事にし、他人と共有したくないと思っているものがあって、それが嘘として現れます。このシリーズは捜査小説で、ミステリの手法としてはハードボイルドに近いものです。隠されていた人間関係に光を当てることで、それだけは知られたくなかったという思いが白日の下にさらされていく。知りたいという思いと知られたくなかったという思いの交錯が、ハードボイルドの面白さだと思っています。彼ら全員に隠された人間関係の糸が解きほぐされていく中で、物語が始まる前とは違った関係が生じるのは、人間である以上、必然でしょう」

物語は堀川の一人称で語られ、夜の街で大人びた松倉と瀬野を目にして思う心象などは切ない。心理、舞台、一つ一つの描写が鮮やかだ。

「思い悩んだり、行き詰まったりしていることがある、彼ら自身の物語として描ければと思っていました。私の場合、土台となるプロットは文字情報のかたまりで、人も舞台もシルエットで構想します。小説の豊かさを作っていく要素として場面を適切に描き出すことが必要で、街や風景、季節というものを描いていくと、小説が文字情報ではなくなり、読者の心の中で色づいてくれるのではないかと期待しているんです」

小説を書きたい思いが常にある

1978年、岐阜県生まれ。2001年『氷菓』で第5回角川学園小説大賞奨励賞を受賞してデビュー。11年『折れた竜骨』で日本推理作家協会賞、14年『満願』で山本周五郎賞、21年『黒牢城』で山田風太郎賞、同作で22年、直木賞、本格ミステリ大賞を受賞した。

「初めの思い出に残る本は、『しょうぼうじどうしゃじぷた』や、かこさとしの『かわ』ですね。小学生の頃は『西遊記』『はてしない物語』、中学になって印象的だったのは、書店で出会った綾辻行人さんの『十角館の殺人』でした。大学に入ってからミステリを中心に読むようになり、東京創元社の国内作家の作品を読む中で、泡坂妻夫さんの『煙の殺意』と出会い、瞠目しました。泡坂妻夫、連城三紀彦、陳舜臣、山田風太郎に耽溺して、海外ミステリではエリス・ピーターズ、G・K・チェスタトン、アントニー・バークリーなどが好きです」

『黒牢城』は、4つの年間ミステリランキングで第1位を獲得している。

「最も理想的で優れたミステリを書けば、普通小説としても達成したものになるかという問いは、江戸川乱歩の時代から語られていました。謎解きの面白さ、ミステリの恍惚と、小説でしか成しえない価値を共に追い求める苦闘が続けられ、作家がそれぞれにミステリの手法を用いて小説的達成を成し遂げているのが、今日のミステリと小説の関係だと思います。私の中には小説を書きたい思いが常にあって、やりたいことは、いい小説を書きたい、に尽きる。今書こうと思う小説がミステリの構造を必要としているから、ミステリを書いているのだと思います」

(青木千恵)

『栞と嘘の季節』集英社・表紙

栞と嘘の季節
米澤穂信/集英社/1,815円(税込)

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