Web版 有鄰

532平成26年5月10日発行

薬丸岳と『刑事の約束』 – 人と作品

刑事・夏目信人が主人公のシリーズ最新作


薬丸 岳氏

注目されない題材に光を当てる

洞察力が鋭く、わずかな手がかりから真実を見抜く刑事、夏目信人。連作短編集『刑事のまなざし』(2011年刊)、書き下ろし長編『その鏡は嘘をつく』(2013年)に続く、夏目信人を主人公にしたシリーズの最新作だ。

「『刑事のまなざし』の刊行直後は、続編を書くつもりは特にありませんでした。しかし、夏目信人というキャラクターに対して多くの反響をいただき、書くことにしました。一作目は、殺人事件をめぐり、夏目がどのように人と接するかが基本的な構図でしたが、今回は、人だけでなく無戸籍や老後の問題など、あまり注目されてこなかった題材に対し、夏目だったらどのように行動するのかを考えながら書いていきました」

5編が収められ、冒頭作「無縁」は、10歳前後と思われる少年の万引き事件で始まる。東池袋署少年係の福地啓子は、刑事課から応援に来た夏目信人の茫洋とした態度に不満を抱く。一作目の夏目と印象が違うことに、冒頭で読者も驚くかもしれない。

「夏目が10年がかりで追跡した事件は、一作目で解決した。事件解決後の夏目の姿は、それまでとは違っているだろうと想定して、続編を始めました。どこか抜け殻のようになった夏目の弱さや脆さを描きつつ、それでも最終的には夏目らしさに立ち戻っていく流れを模索しました。短編を書き継いだ結果どうなるのか、僕自身、ラストが見えない状態で進めました」

2編目「不惑」では、高校時代の旧友に、刑事を続ける苦しさを夏目が吐露する場面がある。人を疑うより信じたい夏目は、刑事らしからぬ刑事。昨秋、『刑事のまなざし』がTBS系で連続ドラマ化され、書き下ろし長編と本書には、安達涼子らテレビのキャラクターも登場して世界が広がっている。あくまでも中心にいるのは、夏目信人という人物である。続編では、一作目で解決した事件の“その後”も描かれている。

「夏目には、現代のいろいろなテーマに立ち合わせたいと考えています。世の中では連日のように事件が起きていて、見えやすい部分だけがクローズアップされますが、背景には複雑な事情があるはず。なぜそうなったのか、根本的なところから考えていくとどうなのか。犯罪は、犯人が逮捕されたらそれで終結するわけではない。見えにくいところまで描きたくて、夏目を軸に、数々の題材に光を当てているのだと思う。夏目という人物を介さないと伝えられない思いや問いを描くことは、『刑事のまなざし』のときから意識しています」

デビュー以降一貫して犯罪を題材に

1969年、兵庫県明石市生まれ。駒澤大学高等学校卒業。2005年、初めて執筆した小説『天使のナイフ』で第51回江戸川乱歩賞を受賞。ほかの著書に『虚夢』『悪党』『ハードラック』『友罪』などがある。

「シナリオを勉強しながら、10年近く結果が出せないでいました。ある日、高野和明さんの『13階段』に感銘を受け、自分で納得できる作品を一作だけでもつくろうと決意して、その頃、もっとも関心を抱いていた少年法を題材に『天使のナイフ』を書き、受賞しました。僕の場合、創作のバックボーンになっているのは映画。子供の頃から好きで、小学生の時にはATG日本アート・シアター・ギルド)のシリアスな映画を観に映画館に通い、大人のお客さんからの冷ややかな視線を感じながらひとりで座って観ていました(笑)」

デビュー以降、一貫して犯罪を題材にしている。

「『天使のナイフ』を書いた当初、僕の中にあったモチベーションは“怒り”でした。凶悪犯罪を犯して酌量されることに疑問を感じていたのが、その後、逆に犯罪者の側に立って『友罪』を書いています。僕自身の考え方は変わらなくとも、一作ずつ新しい手法や題材に挑戦することで、小説の方が変化している。世の中の出来事に対し、何だろう、これは?と引っかかりを感じると、背景の事情を調べて書きたいと思う。書きながら考え、結局、答えが見つからないことも多い。

僕が20歳前後だった頃は、自分から動かないと何も手に入りませんでしたが、今は家にいながら知り合いがたくさんでき、情報も流れてきます。その違いをただ否定するだけでは、今という時代は分からない。犯罪の形態や道具が変わっても、人間の根本的なところは変わらない気がします。夏目信人の思いが伝わる世の中であってほしい。そう思って書いています」

(青木千恵)

刑事の約束・表紙画像

刑事の約束』/薬丸岳/講談社/1,550円+税

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