Web版 有鄰

537平成27年3月10日発行

森 晶麿と『恋路ヶ島サービスエリアとその夜の獣たち』 – 人と作品

サービスエリアの一夜を舞台にしたオムニバス風ミステリ

森 晶麿氏
森 晶麿氏

それぞれの事情と愛憎が渦巻く

淡路島の西南に位置する恋路ヶ島。島の北端にあるサービスエリアの利用者の目当ては、巨大観覧車「恋路ホイール」だ。観覧車が運行しない夜間は人が減る。本書は、夜のサービスエリアを舞台にした長編ミステリである。

「デビュー前から、サービスエリアの話を書きたいと思っていました。子供の頃、家族旅行で静岡から車で出かけ、遠方の場合は日をまたいでのドライブになり、サービスエリアに泊まりました。夜中にこっそり、外にでてみたときの空気は独特な感じで、あの空気を書きたいなというのが出発点でした」

恋路ヶ島サービスエリアの売り子になると、1年以内にプロポーズされるという伝説を意識していた理代子は、恋人の和彦からプロポーズされた。ところがある日、和彦の浮気を知り、動転したままバイト先に向かう。24時間営業のフードコートの夜勤シフトは、午前0時から9時まで。人生最悪の気分を抱えたその夜、理代子はさらなる事件に巻き込まれる――。

「サービスエリアを舞台にする場合は、これからどこかへ向かう道のりの中継点、次の展開の“手前”の話になるかと思いました。手前の時間を日をまたいだ物語にするのは妙だし、昼間のサービスエリアはぼやっと掴みどころがない。昔、サービスエリアに泊まりながら、いろいろ違う日常や悩みを抱える人たちが、同じ空間で眠っている状況に関心を覚えていたので、ワンナイトのオムニバス風ミステリを構想しました」

走り疲れて”小休止”をする場所、サービスエリアには、いろいろな人がいる。理代子と謎の清掃士マキノ、死体を捨てに行く途中で寄った兄弟ら、事情と愛憎が渦巻く夜はどうなるのか。

「ハービー・ハンコックの『ザ・プリズナー』を聴きながら書き、片仮名にしたマキノという存在は、音楽の化身のような感じでとらえていました。ジャズのように意味や目的などなくてもいい、小休止できるサービスエリア的な結末になってくれたらと、その点をよりどころにして書き進めました。昨年、テレビ番組の『笑っていいとも!』が終わったとき、2014年は、日本が小休止する場所を失った年なのかも知れないなと思いました。年が明けて事件の連続ですし、改めてサービスエリア的な場所は大事だと思う。ちゃんと休むことで抜け出せることって、たくさんあると思います」

マキノという人物の背景に、タモリやジャズ音楽がかかわっていたり、ある人物がトーベ・ヤンソンマニアなのは、UFOキャッチャーがとりづらくなった“冬の時代”とリンクしていたり。ディテール一つずつが、丁寧に紡がれている。また本書は、『ホテル・モーリス』『COVEREDM博士の島』に続く、“場所もの3部作”の完結編にあたる。

「抽象的な意味も込め、この小説は一文一文、細部まで作りこみました。ホテル、孤島に続き、今回は場所を明確に意識しました。淡路島のサービスエリアで夜の観覧車を見て、動いているはずのものが止まっているときの、別の次元で何かが動いていそうな世界観に触発されました。とはいえ方言などは使わず、世界のどこにでもある場所だととらえています」

探究的な雰囲気だけでなく強い物語を書いていきたい

1979年、静岡県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。日本大学大学院芸術学研究科博士前期過程修了。2011年、『黒猫の遊歩あるいは美学講義』で第1回アガサ・クリスティー賞を受賞。著書に「黒猫シリーズ」のほか、『偽恋愛小説家』『かぜまち美術館の謎便り』などがある。香川県高松市在住。

「中学生のときに『ジュラシック・パーク』を観て映画監督を志し、原作者のマイクル・クライトンのように作家から映画監督になろうと小説を書き始めました。院生のときに『黒猫シリーズ』の原型になった短編で最終選考に残ったが受賞に至らず、コピーライターや広告ディレクター、漫画脚本などをし、アガサ・クリスティー賞創設を知って7年ぶりに『黒猫』に取り組んでデビューしました。しばらくは7年前の服を着ている感じでしたが、書くものといまの自分とがシンクロしてきて、小説の面白さや可能性を感じ始めています。探究的な雰囲気を読者は楽しんでくれていると思いますが、ペダンティックな部分は車で言えばボディをかぶせる前の状態。強いボディをかぶせてこそ小説だと思っているので、強い物語を書いていきたい」

(青木千恵)

恋路ヶ島サービスエリアとその夜の獣たち

恋路ヶ島サービスエリアとその夜の獣たち』/森 晶麿/講談社/1,400円+税

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