Web版 有鄰

523平成24年11月8日発行

中村文則と『惑いの森』 – 人と作品

Web文芸誌の連載をもとにしたショートストーリー集

中村文則氏
中村文則

つながりあう50の物語

毎夜、午前1時に現れる男、失踪した歌手、誰もいない郵便局の屋根の下で雨宿りをする女――。風変わりだが血の通った人々が登場する掌編を編んだ、ショートストーリー集。アマゾン上のWeb文芸誌『MATOGROSSO(マトグロッソ)』での連載に、書き下ろし22話を加えて1冊の本になった。

「ウェブでの小説連載を打診され、ずっと先まで予定が決まっていて無理ですと答えたら、ショートストーリーならどうでしょうと言われました。ひとつ書き、気がついたら連載になっていました。ウェブ上で気軽に読んでもらえたらと、読者サービスのつもりでしたが、書くからには本気で、きちんと凝ったストーリーにしようと。そこは意識していました」

2010年11月から翌年12月にかけて、28話をウェブ連載した。1話ずつ独立して楽しめるが、隔週で書きつぐうち、設定や人物が少しずつつながりあう、連作掌編のようになっていった。

「あの人の話をまた読みたい、という読者のリクエストに応じたり、人物も含めて物語が勝手に動き、新たな話につながることもあった。ウェブ連載のよさは、読者の反応が速くて、こちらも反応しやすいところ。東日本大震災が起きたときは、予定していた原稿をやめ、『祈り』と『鐘』の2回分を”特別編”として書いた。あの空気の中で書いた物語を、あの空気の中ですぐに掲載できたのは、ウェブならではでした」

目の前の風景が一瞬にして別のものになる、残酷で広い世界のありようと、語り手の過去の記憶とを重ねて描きだした「揺れる」にも、震災の影響が現れている。〈周囲の風景のすべてが、私にこの世界で生きていけるのかを問うようで、私の弱い生命力そのものを、私の意識を通過して冷酷に試すようでした〉。連載終了後は、新たに22話を書き下ろし、松倉香子さんに挿絵を描いてもらった。

「2話をボーナストラックみたいに書き下ろして、『30ストーリーズ』にもできましたが、単行本で読んでくれる人にできるだけ楽しんでもらいたくて、新たに22話を書き、連載ではなかった挿絵を描いていただいた。1作だけ『ソファ』は、元々あった松倉さんの絵を見ながら書き下ろしたストーリー。とても貴重な経験でした」

連載作品と書き下ろし作品は書かれた時期が異なり、テイストが微妙に違う。震災発生直後に書かれた『祈り』『鐘』に込められた希望と、書き下ろしのひとつ『通夜』にみられる冷静な時評性。著者のこと?と思われる、小説家Nの身辺譚はユニークで、笑えるストーリーも……。

「小説家のNさんが憂鬱になり、失踪しようとして逮捕され、裁判を受け釈放されてあとがきを書く――が、Nさんの話の流れ。どの人物にも人生の物語があり、それがゆるやかにつながっている。単行本で読むときに50話がどう続いていたら面白いか、僕らしい作品や、僕にしては意外な作品など、バリエーションをつけました」

漫画やテレビでは味わえない面白さがある小説を

1977年、愛知県生まれ。福島大学卒業。2002年、『銃』で新潮新人賞を受賞しデビュー。2004年、『遮光』で野間文芸新人賞。2005年、『土の中の子供』で芥川賞、2010年、『掏摸〈スリ〉』で大江健三郎賞。その他の著書に『何もかも憂鬱な夜に』『悪と仮面のルール』『王国』『迷宮』などがある。

「元々本が好きで、ドストエフスキー、カミュ、太宰治、芥川龍之介、三島由紀夫など、内外の文学をたくさん読んでいました。あらゆるメディアの中で小説がいちばん面白かった。小説を書いてみたら、しっくりと落ち着く感覚があった。以降、『書く』という行為が自分にとって必要で、フリーターをしながら書き、デビューしました」

現在、月刊文芸誌『すばる』で長編小説を連載中。さらに来年は、書き下ろしと新聞連載が控えている。

「小説家の仕事は、凄い作品をいかに書くか、ずっと高いところに目標点を定めて書くこと。30代のいまは、20代の頃の原点を確認しつつ、さらにどれだけ飛躍できるかと、毎回、不可能に思えるような新しいことに挑戦しています。ちゃんと練りに練った文章を書いて、読者にすっと読んでもらえたらいい。漫画やテレビでは味わえない面白さがある小説を書く。思えば10年、作家として文章を書き続けてきました。これからも書いていきます」

(青木千恵)

『惑いの森』・表紙

惑いの森
中村文則:著/イースト・プレス/1,500円+税

『書名』や表紙画像は、日本出版販売 ( 株 ) の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club 有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売 ( 株 ) が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.com の【利用規約】や【ご利用ガイド】( ともに外部リンク・新しいウインドウで表示 ) を必ずご一読ください。
  • ※ 無断転用を禁じます。
  • ※ 画像の無断転用を禁じます。 画像の著作権は所蔵者・提供者あるいは撮影者にあります。
ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.