Web版 有鄰

508平成22年5月10日発行

有鄰らいぶらりい

山登りの作法
岩崎元郎:著/ソフトバンク新書:刊/730円+税

「作法五十」までを項目別に示している中の「作法一」は「家族の理解を得るべし」。靴は「軽さ」で選ばず、靴下でフィットさせるとか、雨具は高品質のものを選ぶべしとか、多くが具体的な注意の中で異色の「作法」だが、楽しい山登りの大前提という。

著者が主宰する「中高年と女性のための山の遠足」の昼食で一人駅弁を食べていた男性の話に始まり、山仲間と別れたとたん家に帰るのが気が重くなるようでは早晩、山に行くこと自体が面倒くさくなるのでは、というのである。

これに限らずすべての「作法」が、かつてネパールヒマラヤ登山隊の隊長も務めた著者の経験からきているだけに分かりやすく説得力がある。

「靴一足分が歩幅の目安」「息苦しくなったら、まず吐くべし」など、初歩的な山歩きの作法。

「(登山具の)ホームショップを決める」「地図の種類を知っておく」「雲の種類を知り、天気の道標にする」など中高級者向きの作法。

「ガイドブックをよく読むべし」では、上ってくる人が下山者によく聞く「あと、どれくらいですか」の必要はなくなるという。「山の本を読むべし」もあるが、まずはこの本を推したいほど行き届いた指南書である。

茜色の空』 辻井 喬:著/文藝春秋:刊/2,048円+税

その風貌と訥弁から「鈍牛」とか「アーウー」といわれ、「哲人宰相」とも呼ばれた第68・69代総理大臣・大平正芳の書き下ろし伝記小説である。

香川県の中流農家に生まれ旧制中学のとき父を亡くしたが、叔母の援助で旧制の高松高商に進学。在学中キリスト教に出会って入信、その後、奨学金によって東京商大(現一橋大学)へ進学。高等文官試験に合格、大蔵省に入るが、のち政界へ転出、2期目の総理のとき選挙中に急死するまでを描く。

本名、堤清二の著者は、かつて財界人であり、大学卒業後の一時期、衆議院議長だった父・堤康次郎の秘書を務めており、政財界に詳しく、その裏事情が興味深い。

大平が池田隼人蔵相の秘書官時代、朝鮮戦争で日本経済が好転、財界人が「神風だ」と喜んでいたとき、池田とともに会った吉田茂首相が「商売人が喜ぶのはいいが、政府は小さな国でも大国の矜持を持て。他人の不幸に浮かれることは許さん」と言い、「マッカーサーは戦争が好きで困る」とつぶやいた話。

その後、保守合同の話が出たとき吉田は「鳩山(当時、首相)は人がいい。岸(信介・当時民主党幹事長)は頭がいい」。頭がいい方が要注意と言った。外務省機密漏えい事件の記者と大平の関係などいまに尾を引く話もおもしろい。

日本語を「外」から見る
佐々木瑞枝:著/小学館101新書:刊/740円+税

30代でアメリカンスクールの講師になったのを皮切りに、横浜国大などで世界70か国以上の留学生に日本語を教えた著者が、湘南国際村日本語教室を例に「留学生たちと解く日本語の謎」を語る。

この教室では、海外経験の長い定年者もボランティアとして働いており、彼らが教材としてよく提案するのが小学1年生の国語教科書。しかし著者によると、小学校へ入る前から日本語を聞き、話している日本の子供は無意識に文法を覚え、約6,000以上の語彙を持つ。その経験のない外国人に小学1年の教科書がいかに難しいか。例えば4という数字は、4月4日4時4分、全部読み方が違う。

前年、ブラジルに帰った留学生から突然、電話が入り、「今は、何をしているの」と職業を聞くと、「佐々木先生と電話で話しています」と落語のような会話も生まれる。

一行が旅で宿に着いたとき1人が、「ここはホテルですか」と聞くと、番頭は「いいえ、ちっぽけな宿屋でございます」。別の留学生が「旅館ではないのですか」。

和語、漢語、外来語の区別など留学生の疑問を通して日本人論にも及ぶ好著である。

ぼくのかみさん』 咲乃月音:著/宝島社:刊/1,200円+税

ぼくのかみさん・表紙

ぼくのかみさん
宝島社:刊

前作『オカンの嫁入り』が宝島社主催の第3回「日本ラブストーリー大賞」ニフティ/ココログ賞を受け、映画化も決まった著者の第2作。

仲良く暮らしていた母と娘の家に、或る晩、ぐでんぐでんに酔った母と男が帰ってきて、母はこの男と結婚する、と娘に宣言する、という波乱の幕開けの前作。

片や、今回の作品は「僕」と妹が庭先で仲良く障子を張るという平和な場面から始まる。しかし、その張替えは、「僕」が翌日、結婚相手を連れてくると言った言葉を受けた、家の専制君主であるオトンの指示であり、「僕」は、その大ごとになりそうな気配に焦り、おびえてもいること。それに「どんなカノジョか」という妹の質問に、歯切れの悪い答えしか返せない「僕」の様子が、何かを予感させる巧い導入部になっている。

翌日現れた“カノジョ”は「僕」より10歳も年上の好男子。戸惑う母と妹。「あのぉ、ご本人は?かわりにお兄さんが?」とたずねる父。

「いえ、僕が本人です。僕が誠君とお付き合いさせていただいています」という「自然な口調」は、状況を思うと逆にやや“不自然”だし、波乱を経た後の結末も、やや納まりすぎの感もある。

しかし、困惑しつつも何とか理解しようとする母、普段はボケているとしか見えない祖父の見事な演技など、読ませどころが多い作品である。

(K・K)

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