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有鄰


平成12年2月10日  第387号  P3

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 本とインターネット (1) (2) (3)
P4 ○関ヶ原合戦と板部岡江雪  下山治久
P5 ○人と作品  風野真知雄と『刺客が来る道』        藤田昌司

 座談会

本とインターネット (3)


 

  電子図書館のいいところをアピールすることが必要

津野 どこの国の中央図書館の電子化計画を見ても、やはり市民、国民に向けて、図書館をデジタル化によってみんなに開放しようと呼びかけて、一般の支持を集めるわけです。さきほどのアメリカン・メモリーでも、小学校やハイスクールに国会議員の有力者らを連れて行って、テスト的に使う現場を見せ、お金や支持を集めて、はっきりした考え方でつくる。

そういう説得が、多分日本の電子図書館計画にはない。大金を使っているにもかかわらず、コンピュータ企業と学術、大学図書館という狭い範囲のものになり、一般の人に電子図書館ができたらどんなにいいだろうという気持ちを起こさせるアピールがなされていない。

 

  英米文学の古書を集めた電子図書館を海外の研究者が利用

松本 あと電子図書館は、図書館だけでなく、書店でもつくれます。

たとえば私がつくっているのは『赤毛のアン』に引用されている英米文学作品です。十九世紀発行の、大体絶版本です。英米の図書館に行き、コピーしてきた。古本もいっぱい買ってきた。それを一ページ一ページ 全部スキャナーで読み取って、OCRソフトでテキスト化した。今、世界中どこの本屋さんにも売っていない、 昔の英米文学の古書を集めた電子図書館を開きました。全部『赤毛のアン』シリーズに引用されている作品 です。

これは日本人よりカナダ、アメリカの英米文学研究の人が見て下さって、メールが来る。電子図書館は紙媒体だったら失われてしまう命を現代に甦らせる。商品としては流通しなくても、インターネットなら世界中に五人読む人がいればもう十分価値がある。場所もとらないし、コンピュータが一台あればできる。

 

  中身を増やして自由に接続できるように

上田 文字のテキストデータ化は別として、絵画などを画像でとる場合は、技術面でちょっと不安な面はありますね。画像でとる場合、どのくらいの精彩度でとるのかがいつも問題になります。

あと十年たったら、もっといい技術ができることが確実なのが問題なのです。そうすると、もっといい画像になって新しい発見が増えるかもしれない。しかし、そのためには何度もとり直すことをしなければならない。

ただ、税金の使い道として考えた場合に、私は、中身をたくさん入れることを考えたほうがいいと思う。国会図書館が明治期の本をすべてマイクロフィルム化しましたが、マイクロフィルムから電子媒体に変えるなりして、明治期のものが自由に接続できるようになったら、どんなにいいだろうと思う。

津野 さきほどのアメリカン・メモリーだって、使っているソフトは誰のパソコンのなかにもあるような、ありふれたものだけでやっている。それで、ともかくスタートする。完全なものとはいえませんが、まあ、未来の電子図書館のショーウィンドウみたいなものですね。


少量印刷・少量出版のためのオンデマンド出版

篠崎 電子媒体ということでは、今、ブックオンデマンドということが言われていますね。

津野 ブックオンデマンドは僕も今やっていますが、本とコンピュータとの関わり方ということでいうと、今は三つの形があります。

一つは、オンライン(インターネット)書店。これは電子化によって流通の仕組みを変える。それからオンデマンド出版。これは、要するに注文出版ということですから、本の生産方法を変える仕組みですね。あとは電子図書館、その三つが要だと思う。そのうちのオンライン書店は見えてきたけど、オンデマンド出版はまだ見えていない。

今、私たちはオフセット印刷で本をつくっていますが、これは写真製版して刷版をつくって、一挙に印刷してつくるという仕組みです。基本的には大量生産システムで、十部とか百部つくるという単位だと、施設も人も、お金もむだになる。

それで、オンデマンド印刷という少部数印刷のための機械が十年ぐらい前に発明された。これらは、パソコンのプリンターやコピーと同じようにトナーで印刷する。高品質で高速度で印刷できる仕組みです。この新式の印刷機とインターネットを結びつけ、インターネットで宣伝して注文を受け、即座に注文部数だけ刷って送り出すのがオンデマンド出版なんです。

ですから、これは今のところは少部数出版のための技術で、大量出版ならオフセットでやったほうが安くつく。なぜそういう出版方式が必要かというと、今の出版事情だと少ししか売れない本はなかなか出せない。

しかも大量出版・大量廃棄の時代ですから、本の寿命が非常に短い。アッという間に品切れになるし、アッという間に断裁されてしまうから、従来の出版では、こぼれ落ちる本がいっぱい出てくる。それを少量ずつ注文生産で出し続けることができる仕組みがオンデマンド出版です。

 

  部数の少ない自費出版などをオンデマンド出版で

津野 ただ、これは技術的にはまだ未成熟で、いろんな難しい問題が起こってくる。そのあたりのことを確かめようと、僕たちも、今、HONCOon demand ( 本とコンピュータのオンデマンド)というのを始めているところです。

それでまず五冊ぐらい出した。そこには、水上勉さんの本とか、私の電子図書館についての本も入っている んですが、初版三百部です。本当はもっと少なく出したいんですが、注文があったので。

ただ、広告費や宣伝費は全く取れない。著者への印税もあるかないかですし、書評も出ない。つまり、何か別なやり方を考えない限り、今までの販売の仕組みでは絶対にだめだというのは最初からわかっているわけです。ですから普通の本を出すにはまだ向かないと思う。少なくとも文筆で生計を立てる人には、とても役に立たない。

しかし、たとえば昨年は辻邦生さん、後藤明生さん、八木義徳さんらが亡くなられましたが、従来なら、大きな出版社が全集を出すところでしょうが、今は、多分出ないんじゃないかと。そうすると、たとえば全集の売れる何巻かは従来どおりオフセット印刷で出す。そして、ほとんど売れ行きの見込めない巻はオンデマンド出版に切りかえるとか、いろいろ輻輳的な仕組みができてくるかもしれない。

もちろん自費出版とか学者や研究者の本、あるいは大学の教科書みたいなものも、最近は引き受ける出版社が少なくなってきている。そういうものも、文芸家協会や大学がオンデマンド出版で出版すれば世に出せるかもしれない。そういうふうに使われていく可能性がある。

 

  ホームページで自分の絶版本を売ることも

松本
松本郁子さんのホームページ
松本郁子さんのホームページ
http://member.nifty.ne.jp/office-matsumoto/
私の本も絶版になっているのがあるんです。日本語のホームページに、読者の方から、どこで買えますかとメールが来ても、本がない。ならば、自分でデータで売ろうと考えたんです。テキストデータの形で売ると盗用などが起こるからPDF(ポータブル・ドキュメント・フォーマット)ソフトで。データの書きかえができないようにするソフトです。大原まり子さんなど友だちの作家は、実際に自分のホームページで本を売っています。私もそういう設備だけは整えました。

篠崎 それは、紙に印刷しない本として売るんですね。

松本 そうです。紙の本はもうないので、注文をした人にデータをダウンロードして文庫が五百円のを二百円で売る。そうすると絶版がなくなる。もう一つ、作家としてオンデマンドで売る本があるんんです。というのは、単行本で発行するほどでもない紀行文や軽いエッセーを、三百円ぐらいで売ってもいい。

 

  オンデマンド印刷で品切の本が書店で手に入るようになれば

津野 たとえば安岡章太郎さんの本が必要となってデータベースで調べると、実際に市場に出ているのは文庫本を含め、十冊ぐらいしかない。品切れになったままの本がたくさんあるわけです。

今のPDFは、ちゃんとレイアウトされ、きれいな活字で、それをプリントアウトすればほぼ同じような版面ができる。それを今言ったオンデマンド印刷の仕組みと組み合わせると、簡易本が簡単にできる。

篠崎 製本はどのようにするんですか。

津野 オンデマンド印刷の機械は製本も一緒にやってしまうんです。今は五千万円ぐらいしますけれども。

アメリカの場合、一番最初はエール大学とコーネル大学の図書館とゼロックスが合同でシステムを開発した。教科書や参考書をデジタルなデータにしておいて、大学の本屋さんの一室にその機械を備えておくと、自動製本されて必要な箇所がアッという間にできてくる。

篠崎 お客様に見えるように、ガラス張りの小さい工場で動かすのも書店の機能の一つとして十分あり得ますね。

松本 そうすると、そこの本屋には品切れはない。注文後、三時間ぐらいで一冊できる。

津野 将来、価格が一千万円を切るようになると、個人で持てるかもしれない。

篠崎 今、取次会社が中心になって、オンデマンド出版を始めていますし、書店の役割も大きく変わっていきますね。


書店は本と検索のプロフェッショナルになってほしい

篠崎 二十一世紀にはインターネットがもっと普及して本も読めるようになる。書店なんか要らないということになるんでしょうか。

松本 私、小説家としてはぜひ共存をさせたいと思っています。本は、厚い表紙があって、そこに作品世界を象徴するようなイラストがあって、紙の手ざわりがあって、どこでも好きな場所で読める。本には本の魅力がある。

あと、未来の書店は、私は紙とテキストのデータと両方買える書店になってほしいと思う。

デジタルの本にしても紙の本にしても、書店さんにはぜひ本のプロフェッショナル、情報検索のプロフェッショナルになってほしいですね。出版業界の本を検索できる端末があって、その場で本の全データを調べてくれるような。

本の現物がなくても、それがデジタルデータで売られていて、そこにブックオンデマンドの印刷機があれば「五百円いただければ、データは全部ダウンロードします。三時間後に来てください。紙で欲しい人は、紙で売ります」となる。これからはデジタルデータを買う、あるいは紙の本を買う、両方が書店でできるようになればいいですね。

篠崎 それにはやはり「人財」ですね。材ではなく財。書店へ行って相談しながら選ぶ。それに応えられる「人財」がどれだけ書店にいるか。これは、自分で読む楽しみを知っている人じゃないと、お客様には喜ばれないですね。

 

  水膨れ状態の出版、三十年後には三分の一の規模に

篠崎 本の世界の今後という点ではどうですか。

津野 いずれ、出版界の規模は三分の一ぐらいになるんじゃないですか。僕が出版界に入った三十五年前は、出版点数は今の四分の一でした。今の六万数千点というのは水膨れ状態です。しかも、読書人口がどんどん減っている。いろんなことを組み合わせると、あと三十年もたてば、三分の一ぐらいになるだろうと思ってます。

それから、もしかしたら一般書は大体文庫本ぐらいの形になるんじゃないか。本は明治以降だんだん小さくなっているし、文庫本主体になれば書店の面積が小さくてもたくさん入る。逆にきちっとした本はインターネットで、PDFのファイルでダウンロードしたものを自分で印刷して、町の製本屋さんに製本してもらい、自分だけのいい本をつくるとか。

 

  地域の本屋さんにオンライン書店を開いてほしい

津野 今、オンライン書店の問題が大きいんですが、オンライン書店のアマゾン・コムとかバーンズ・アンド・ノーブルに対して、サンフランシスコのコディーズという歴史のある書店の主人が反対声明を出している。

コディーズは地域コミュニティに密着した書店で、一年のうちの三百日近くはコディーズの部屋を使って地域の人たちが催しをやったり、文化的に貢献する場所になり得ている。そこで払っている地方税がいろんな仕方で使われている。ところが、オンライン書店は地方税も払わないし、そういう空間も提供しない。こんな金儲けだけのシステムに本の文化を任せるわけにはいかないんだと。

僕は洋書を買うときは、できるだけ日本の書店から買おうと思っている。ただし、日本はデータベースが完備していないから、アマゾン・コムとかでデータを調べて、片方のウィンドウに日本の書店のサイトを開いておき、そこに戻って注文するんですよ。

それと同じことが和書にも出てくる。自分が大事に思っている地域の本屋さんは、とにかくオンライン書店を開いてほしい。申し込めば本を送ってくれる仕組みさえつくってもらえば、必要なことは大きな書店のデータベースで調べ、注文するのは自分の土地の小さな本屋さんということもできるんですから。

上田 私も紙の本はなくならないと思う。電子化されたものと共存していくと思う。ただ、読書に対する考え方が全然変わりましたね。純文学や教養書は読まないけれど、一方で毎日、膨大な量のインターネットのページを読んでいる人たちがいる。

私は、図書館は本と雑誌という紙のものを中心とした組織だと思っています。電子的なものについては、違う形のものになるんじゃないか。

松本 ぜひ日本の書店でもやっていただきたいインターネットサービスがあります。この間、アメリカのヤフーにユウコ・マツモトと入れたらびっくりしたんです。自分の英語のホームページが出てきたんですが、その横に書店の広告が出て、マツモトという人の本はこれだけあると表示されたんです。私はホームページの検索をかけただけなのに、英語圏の本のデータベースも自動的に検索していて、オンラインでその本を郵送で買えるシステムが出てきた。アマゾン・コムでした。

その発想は、インターネットで情報を探しているのなら関連する本も欲しいに違いない。その本を売ろうというビジネスであり、サービスなんです。これはぜひ日本の書店さんにやってほしいですね。

篠崎 どうもありがとうございました。




 
うえだ しゅういち
一九四七年東京生れ。
訳書『情報学の理論と実際』勁草書房8,925円(5%税込) ほか。
 
つの かいたろう
一九三八年福岡県生れ。
著書『新・本とつきあう法』中公新書693円(5%税込) ほか。
 
まつもと ゆうこ
一九六三年島根県生れ。
著書『作家になるパソコン術』筑摩書房1,470円(5%税込) ほか。
 




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