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有鄰


平成15年3月10日  第424号  P5

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 高座郡衙の発見と古代の相模 (1) (2) (3)
P4 ○山の作家・深田久弥  田澤拓也
P5 ○人と作品  浅倉卓弥と『四日間の奇蹟』        藤田昌司

 人と作品

人格転移をモチーフに人間そのもののミステリーを描く

浅倉卓弥と四日間の奇蹟
 

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  「このミステリーがすごい!」大賞受賞作

浅倉卓弥氏
浅倉卓弥氏
浅倉卓弥氏の『四日間の奇蹟』(宝島社)は、「このミステリーがすごい!」大賞の第一回受賞作だ。話題作だけに、早くもベストセラーになっている。ミステリーではあるが、殺人事件はまったく描かれない。人格転移をモチーフに、いわば人間そのもののミステリーを描いた長編である。

主人公の僕は、事件に巻き込まれて左手薬指を失った若いピアニスト。オーストリア留学中、ピストル強盗に襲われた日本人親子を助けようとして、撃たれたのだ。両親は即死、一人の少女だけが残った。

千織というその少女は生まれつき脳に障害があって、話も正常にできなかったが、日本へ一緒に戻り、実家に連れていって親代わりに育てることになった僕は、少女の異常な音楽的才能に気づく。一度耳にした音楽を一瞬にして記憶してしまうのだ。メロディーだけでなく、和音さえも。 ピアノの前に座わらせると、たちまち弾けるようになる。音楽家としての前途を絶たれた僕は、千織を育てることに夢を託すようになる。

話は、僕が千織を連れて国立脳化学研究所療養センターの患者たちの慰問の演奏会に出かけるところから始まる。

千織の演奏会は成功裡に終わるが、その直後、センターの視察にやってきた役人を乗せたヘリコプターに落雷し、近くで見ていた千織が、巻きぞいを食って倒れる。その瞬間、一人の女性職員が千織の上に覆いかぶさって、一命を救った。

奇跡はここから始まる。千織は無事だったが、その女性職員・岩村真理子は重傷を負って、意識を失うのだ……。やがて、真理子は千織のなかに蘇生する。 「ミステリーとファンタジーのクロスするところで、エンターテーメントを書きたいと考えたんです。僕は、手塚治虫をたくさん読んでその影響を受けて育ったんです。〈火の鳥〉など、変身ものが記憶に残っています」

当初、僕は気づかなかったが、岩村真理子は僕の高校時代の一級下で、僕に心を寄せており、学生服の第二ボタンをプレゼントされていたという。千織のなかで蘇生した真理子は、その後の、結婚−離婚−センター就職にいたる人生の遍歴を語る。


  古くして新しい人間の謎がミステリアスに展開

心の肉体からの遊離、心はどこにあるのか、脳の働きの不思議、など古くして新しい人間の謎が、ミステリアスに展開されるのが、この作品の読みどころ。「河合隼雄さんの本や、そのほか、大脳生理学などの専門書をいろいろ読んで調べました。プロットが固まるまで、3、4年かかりました」

集中治療室で意識不明のまま寝かされている真理子の、人工呼吸器の管(らしきもの)を千織が外そうとする場面があって、一気に緊張感が高まる。外そうとしたのは、もちろん千織ではなく、千織のなかにいる真理子自身なのであるが……。

つまり、このミステリーの底に流れているのは、人間のやさしさ、愛なのだ。孤児となった千織への主人公のやさしさ、それを支持しながら主人公への愛も絶ちがたい真理子の愛、千織の天女のように無垢ないじらしさ。そしてそれらをかなでる全編を流れる楽の響きが、この作品の類まれな美質である。

まず、巻頭に流れるのは、ドヴォルザークの「新世界より」第二楽章である。

遠き山に 日は落ちて
星は空を ちりばめん——

この曲が、作品をまず象徴し、さらにベートーヴェンの「月光」、そしてショパンの「ノクターン第二番」など、ちょっとしたクラシック好きな読者なら、だれもが親しんだ名曲が、全編の文脈と融合し、いい雰囲気をかもし出しているのである。

東大文学部を卒業した後、しばらくレコード会社のクラシック部門のディレクターをやったという経歴の持ち主だけに、余人の及ばない美質というべきだろう。音楽を文学で表現しようとした点でもユニークだ。 「ピアノの演奏などだけでなく、雨の音などの表現にも苦心しました。作品全体の音楽的感性を高めるよう、考えて書いたつもりです」

これからも幅広い作品に挑戦していきたいという。すでに第二作は進行中だ。1966年生まれ。札幌市出身。翻訳や編集の経験もあり、現在は団体職員。横浜市在住。


 浅倉卓弥 著
 『四日間の奇蹟
       宝島社 1,680円(5%税込) ISBN:4796630597

(藤田昌司)


(敬称略)


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