Web版 有鄰

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有鄰


平成15年8月10日  第429号  P5

 目次
P1 P2 P3 ○座談会 関東大震災80年 (1) (2) (3)
P4 ○フランス山の風車  中武香奈美
P5 ○人と作品  清原康正と『山本周五郎のことば』        藤田昌司

 人と作品

作品の中から名言を抽出し、その魅力を提示したガイドブック

清原康正と山本周五郎のことば
 

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  庶民の側に立って世の中を見つめる眼
清原康正氏
清原康正氏


ことし、生誕百年を迎えた山本周五郎(1903-67)が静かなブームを読んでいる。出口のない閉塞感の中で、疲れた読者の心を癒してくれるからであろう。清原康正氏の『山本周五郎のことば』(新潮新書)は、その膨大な作品群を十章に分類し、主要な作品の内容を紹介するとともに、山本周五郎ならではの名言を抽出して、その魅力を提示した、たぐいまれなガイドブックだ。

「ぼくは60年代の学生のころから、山本周五郎が好きで読みあさってきましたが、何がそんなにぼくの心を捉えたかというと、山本周五郎の”庶民の眼”ですね」

<周五郎の人間凝視の眼は、人間の根っこを探り出す徹底して非情なものであったが、庶民の側に立脚してその日常を凝視し、ありのままの姿を描き出すことで、温かな眼をも感じさせた。この庶民の側に立って、世の中を、そして人生を見つめようとする姿勢こそが、山本周五郎の文学の基本的な態度であった>(「はじめに」)

山本周五郎は山梨県で繭を商う父のもとに生まれたが、四歳で山津波に遭い、一家で上京、小学校を卒業しただけで木挽町の質店に奉公に入った。ちなみにいえば、この質店の名が山本周五郎質店といい、小説を書き始めて投稿した際、「山本周五郎方、清水三十六(さとね)(注=本名)」としたのを編集部が間違えてしまったというエピソードがある。関東大震災で山本質店を出て、神戸、千葉などを転々とするが、生活はどん底。

<生活苦に加えて、失恋や文壇進出の困難といった逆境の中で、精神的にも参っていた。この苦闘の時期、周五郎は、スウェーデンの劇作家ストリンドベリイの言葉、「苦しみつつ、なおはたらけ、安住を求めるな、この世は巡礼である」を自らの人生の指針にしていた>という。(同)


  職人もの、岡場所もの、士道もの…と多彩な作品世界

周五郎の作品世界は下町もの、職人もの、岡場所もの、士道もの…と多彩で、『さぶ』、『つゆのひぬま』『ながい坂 上』『樅の木は残った』、『赤ひげ診療譚』など、今も読み継がれているものが多い。

「周五郎の作品を読むと、”人間とは哀しいものだ”という言葉の多いことに気づかされます。ただし周五郎の場合は、ただ否定的に哀しんでいるだけではなく、だから人間はいとおしいと温く見つめているんです」

<世の中には運のいい人とわるい人があるでしょ、運のいい人のことは知らないけれど、運のわるいほうなら叺(かます)十杯にも詰めきれないほどたくさん知っているわ、そして、男の人がやぶれかぶれになるのも、自分の罪じゃなくって、ほかにどうしようもないからだってことを知ってるわ>(『つゆのひぬま』)

周五郎は時流におもねらない作家だった。それはたんに机上で観念的に考えるからではなく、じかに社会を見つめているからだったろう。

<第一次大戦のとき、これで戦争は終ったといわれた。第二次大戦のあとでも同じことがいわれたし、二回の大戦争による破壊と大量殺人にもかかわらず、廃墟と化した瓦礫(がれき)の中から、まえよりも堅固で立派な都市が建ち、人間の数もはるかに多くなった、未開発国が開発され、植民地は次つぎに独立した、戦前よりはるかに繁栄し始めているが、片方ではもう幾つかの大国が原子爆弾の強化を進めている、(中略)破壊と大量殺人が繰返されるのは、人間の意志が、なにか説明することのできない未知のちからに支配されている、と考えるほかはないのではないか。>(『おごそかな渇き』)

周五郎は昭和17年から21年にかけて発表した『小説日本婦道記』で直木賞に選ばれた。だが周五郎は受賞を断った。同賞だけではなく、その後、一切の賞を断っている。『小説日本婦道記』は、日本女性の生き方をテーマにして、追従とは真反対の、辛口の小説である。それにもかかわらず戦時中はもちろん、戦後民主主義の時代になり、ウーマンリブの世になっても、なお息長く読み継がれている。

<私が書く場合に一番考えることは、政治にもかまって貰えない、道徳、法律にもかまって貰えない最も数の多い人達が、自分達の力で生きて行かなければならぬ、幸福を見出さなければならない、ということなのです>(エッセイ『小説について』)

「もう一つ付け加えると、周五郎の文学はじつに文体が素晴らしいのです。複眼の視点を導入するなど、巧みに工夫されています」

若い人にも読んでもらいたいというのが清原氏の願いである。


 清原康正 著
 『山本周五郎のことば』 (新潮新書)
       新潮社 714円(5%税込) ISBN 4106100207

(藤田昌司)



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