はじめに
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藤田 |
『ハリー・ポッター』シリーズ( 書籍リスト)が空前のブームになっていますが、一方、トールキンの『指輪物語』全6巻( 書籍リスト)もロングランとして今なお話題になっています。『指輪物語』はファンタジーの原点といわれる作品として愛読されているわけですし、『ハリー・ポッター』は、いうまでもなく現代のファンタジーです。
また、いわゆるファンタジーには入らないかもしれませんが、『あらしのよるに』という6部作( 書籍リスト)の絵物語が大ベストセラーになり、国内のみならず外国語にも翻訳されて評判になっています。これまたファンタジックな物語です。
そこできょうは、ファンタジー作品の翻訳や評論を数多く手がけておられる井辻朱美先生と、『あらしのよるに』をおかきになった作家の木村裕一先生に、ファンタジーの世界の魅力について、いろいろお話し合いをしていただきたいと思います。
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トールキンに始まるモダン・ファンタジー
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藤田 |
ファンタジーの世界というと、幻想小説をすぐ頭に描いて、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』( 書籍リスト)とか『星の王子さま』( 書籍リスト)とか『指輪物語』、また最近では『ハリー・ポッター』が頭に浮かんでくるんですが、井辻さん、ファンタジーとはどういうものをいうんでしょうか。
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井辻 |
トールキン以降はモダン・ファンタジーといわれています。それ以前にも、児童文学の中にずっとファンタジーはあったので、宮沢賢治なども童話として書いているわけですね。ですから、子供の本のファンタジーが一つのルーツ。
もう一つのファンタジーの流れは大人の幻想小説です。これは現実の中に変なもの、たとえば幽霊が出てきたりとか、あるいは不思議なものが侵入してきて混乱するとか、妖精がいるとかいないとか、その信憑性や驚きを主題にしていたんですけれども、今のファンタジーは、とにかく不思議な世界をつくってしまって、それが本当とか、本当でないとかいうことは問わないで、そこで遊ぼうという感じのものです。トールキン以降の現代ファンタジーの流れですね。
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ゲームで遊ぶ感覚で世界探険を楽しむ
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井辻 |
今のファンタジー作品は現実は置いておいて、別の世界がある。それは現実と接合していようが何しようが関係ない。子供にとっては割とゲームで遊ぶ感覚なのではないかと思うんです。ドラゴンクエストとか、ポケモンとかと近い感じで、世界探険を楽しんでいるのではないでしょうか。
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藤田 |
そういう意味での原点と言うと、やはりトールキンになるわけですか。
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井辻 |
架空の世界なのに、あそこまで極端につくり込んでしまって、遊んだのはあの人が最初だと思います。歴史から何から全部つくった。
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藤田 |
しかも、大人の読書にたえる世界をつくったということですね。
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井辻 |
そうですね。今で言うとゲームの設定マニアでもあり、彼の小説から今の「ゲーム」がはじまったんです。
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最初は1巻で終わる予定だった「あらしのよるに」
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藤田 |
『あらしのよるに』の内容をかいつまんで申し上げますと、嵐の夜、ようやくたどりついた小屋の真っ暗闇のなかで、オオカミのガブとヤギのメイが出会って、ホッとする。お互い正体がわからないまま、この二匹が肌を寄せ合って二匹の間に友情が芽生える。
ところが、翌朝になって顔をあわせたら、不倶戴天の敵同士であった。オオカミにとってヤギは御馳走だし、ヤギにとっては怖い、怖い存在ですから逃げなきゃならない。
その矛盾を乗り越えた、そういうかなり意欲的なテーマを展開なさった。
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無心になれずに苦労した2巻と完結編
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木村 |
読者から、どこがドキドキしたとか、よかったとかという感想文がすごく来るんです。それで、子供たちそれぞれが自分で考えた続きが書いてある。次の日に二人が出会ったら、すぐオオカミがヤギを食べちゃったとか、仲良くなったとか、それがすごくおもしろかったんですね。僕の本の中でも珍しい。それで、続きを書こうかなと、本が出てから思ったんです。
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藤田 |
2巻目が「あるはれたひに」、3「くものきれまに」、4「きりのなかで」、5「どしゃぶりのひに」、そして6の完結編が「ふぶきのあした」ですね。
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木村 |
正直言うと、2巻目と6巻目が大変だったんです。1巻目が出て非常に評判になって、続きを書く前に賞を二つももらった。
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藤田 |
講談社出版文化賞絵本賞と産経児童出版文化賞JR賞ですね。
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木村 |
僕はほとんどファミレスで書いているんです。
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井辻 |
えっ!
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木村 |
ファミレスの片すみでニタニタしながら書いていたんだけど、2巻目が書けないんです。つまり、1巻目を書くときは、これで賞を取ろうとか、ベストセラーになるなんて余計なことは考えないで無心に書いていたわけじゃないですか。
だから、「さあ、次はどうなんだ」とみんなに会うたびに聞かれるとか、いろんな外的要素をいっぱい与えられてしまって、無心になるのがとても大変で書けなかった。2巻目がでるまで1年9か月かかったんです。
それと、6巻目の「ふぶきのあした」が実は同じで、すごくつまらなく終わったら、今までの5巻は何だったのかと。せっかく8年間かけて評判をつくってきたものが、全部地に落ちちゃうわけですから、すごいプレッシャーで、終わったらホッとして肩の力が抜けました。
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読み聞かせなどでヒタヒタと広がっていたのが一気に噴出
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藤田 |
1巻目の「あらしのよるに」は1994年に出ていますが、去年の2月までにトータルで14万部だった。今、120万部ですから、この1年間に100万部以上売れているわけですね。
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木村 |
苦節8年、演歌の世界、歌い続けてついに大ヒット、みたいな。
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井辻 |
完結編が出たので、みんな、1巻からまた買おうと思ったのではないでしょうか。
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木村 |
そうですね。完結編が出てから、わっと来たんです。それまでは読み聞かせなどでヒタヒタ、ヒタヒタと地下に広がっていたのが、一気に水が噴き出してきたような感じでしたね。
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