Web版 有鄰

480平成19年11月10日発行

有鄰らいぶらりい

だらしない人ほどうまくいく
E・エイブラハムソン他:著/文藝春秋:刊/1,524円+税

「老人力」や「鈍感力」など、これまでマイナスの評価しか与えられなかったものを見直す本がはやっている。

それにしても悪口の極め付きともいえる「だらしない人や組織」という形容がなぜプラスなのか。著者のエイブラハムソンはコロンビア大学ビジネススクールの教授、共著のフリードマンは技術専門のコラムニストというからただの冗談の本ではない。

「まえがき」では、マンハッタンのブロードウェイに向かい合った2軒のマガジンストアの例を紹介している。一方は雑誌を綺麗に並べ在庫はコンピューターで管理。片方は雑誌の整理もめちゃくちゃ。で、当然、客はきれいな店が多く売れ行きもよかった。一方の店は赤字続きで潰れたという。ところで、つぶれたのは、「きっちり系」のきれいな店の方。「だらしな系」の方は雑誌はあまり売れなかったが儲けはずっと多かったのだ。理由は簡単で商品を綺麗に並べるための人件費や、在庫管理のコンピューター・システムの導入費といった余計な費用がかからなかったからだという。

研究室の机は乱雑そのものだったアインシュタインは、自然界の不規則性を初めて数学的に分析したという。素早く変化に対応する柔軟性。比較的少ない労力で目標を達成する効率性、創造力など、「だらしな系」のプラス面をあげているが、「きっちり系」だけを良しとした文明に対する反論で、度を越した病的なだらしなさまで擁護しているわけではない。

蟹と彼と私』 荻野アンナ:著/集英社:刊/1,800円+税

「蟹」は癌(cancer)、「彼」は「私」の恋人。癌に冒された「彼」を「私」が最期まで看取る話である。

いかにも深刻な話のようだが、そうでもあり、そうでもない。大体、冒頭からその蟹が登場、こんな会話を交わす。

「おまえ最近、忙しそうやな」「増殖、増殖で、もう大変なんスから。過労死しそう」「アホ言え。わしらがん細胞は、不死と決まっとる」

落語好きというより、金原亭駒ん奈という芸名を持つ落語家でもある著者らしく、落語の「疝気の虫」が癌食い虫となって出てきたり、もっとも衝撃的な手術の場面には河童が登場するし、樋口一葉や芥川龍之介のユーレイ? まで出てくる。

シリアスな話の方は、「私」が病床の「彼」に、この小説の冒頭(蟹の会話や、パタさんと名づけられた彼の性格「ぜったい断定はしない、という渾身の優柔不断」など)を「これでいい?」と読み聞かせる場面から始まる。

月刊文芸誌「すばる」に連載されたこの小説は一昨年亡くなった著者の恋人を看取った経験をもとにしており、その前半はほぼ同時進行で書かれたもの。シリアスな現実を混沌たる落語的幻想にまぶした傑作だろう。

セックス放浪記』 中村うさぎ:著/新潮社:刊/1,200円+税

露骨な表題だし、事実、プロの売春男(でいいのかな)を経めぐる体験談も強烈。その割にいやらしい感じがしないのは、著者のセックスへの切実な渇望が正直率直に語られ、そうした自分に対する認識もあるからだろう。

著者は、2005年の夏、「自分の女の価値を確かめるため」デリヘルという出張売春で3日間働いたことがあり『私という病』という本になっているので、これはそれ以降の“放浪記”である。

そのデリヘル体験で「私とセックスするために金を払ってくれる男がいるんだわ」と悦に入った彼女は、次にそもそものターゲットである若いイケメンを狙う。デリヘルの動機も数年前、若いイケメン・ホストから「嫌々ながらセックスされた」という「惨めな体験」を払拭するためだったからだ。

そこで向かったのが、ゲイの男を相手にしているウリセンバー。狙ったイケメンはビールを飲みすぎて勃たず、次の男は薄っぺらすぎて、こちらが嫌になる。友人のゲイが紹介してくれたデリヘルボーイはめくるめく職人技を堪能させてくれたが……。

自虐的な性の放浪は、破滅型を思わせるが、著者自身は究極のナルシストと自らを規定する。

面白半分 BEST随舌選』 佐藤嘉尚:編/文藝春秋:刊/1,714円+税

『面白半分 BEST随舌選』・表紙

面白半分 BEST随舌選
文藝春秋:刊

作家、エッセイスト、役者など個性的な人物を選んでインタビューし、自由奔放に語らせた随筆ならぬ「随舌」。目次の順序に従って詩人金子光晴の「ストリップ劇場めぐり」を紹介しよう。

とにかくこの詩人、早稲田大学、東京美術学校、慶應大学に学んだが、いずれも中退、21歳の時、義父が亡くなり、数億円の遺産が転がり込んだが、それをもってヨーロッパ旅行などに出かけ、4年でスッテンテンにまで使ったというご仁だ。それだけに、日本でのストリップ劇場めぐりも年季が入っている。今はもう名を変えたトルコ風呂などにも随分と通ったようだ。

野坂昭如の過去には、そんなエロチシズムはない。内務官僚を父にもった野坂は、幼少時代、病弱な子だった。それが、焼け跡ヤミ市の体験を経て、完全に丈夫になったというから、運命とは不思議なものだ。野坂がこの体験によって作家になれたことも、いうまでもない。

男性だけでなく、向田邦子、太地喜和子、森茉莉など多彩。変わっているのはやはり淀川長治で、この人の“虫が知らせる”体験は、人間の不思議さというものを感じさせずにはおかない。

(K・F)

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