Web版 有鄰

477平成19年8月10日発行

今、漫画の面白さ – 2面

寺脇 研

常に身の回りにあり容易に手にできる簡便なメディア

手塚治虫『鉄腕アトム』の連載が始まった年に生まれたわたしにとって、漫画は物心ついたときから身近な存在だった。月刊誌の「少年」で『アトム』や『鉄人28号』に熱中し、貸本屋に5円玉を握りしめて単行本を借りに行った経験を持つ。ちょうど小学校入学の年、1959年に「週刊少年マガジン」「週刊少年サンデー」が創刊され、月単位での連載から週単位の早さで漫画の物語が展開する時代になった衝撃を覚えてもいる。

漫画とともに育った者として、海外からの評価で「漫画ブーム」とか「漫画は日本が世界に誇るソフトパワーだ」とか言われても、なかなかピンと来ない。漫画を客観的に見る眼からは、ブームであってみたり下火になってみたりもするのだろうが、50年にもわたって変わらぬ思いで漫画を読み続けていると、漫画は日常化してしまっているのである。

今でも、少年誌、青年誌、4コマ誌など合わせて10数誌を定期購読し、次回のストーリーがどう展開するか心待ちにする作品も少なくない。教育行政や文化行政の仕事をしてきた上でも、映画評論の仕事をしていく上でも、あるいは日本漫画家協会の業務をお手伝いし、さまざまな漫画関係の事柄にかかわっていく上でも、自分が漫画を日々読み続けていることは、物事を考える基本として切り離せないものになっている。

だから、漫画が読まれなくなってきているとか、漫画雑誌の発行部数が落ちたとか休刊になったとかのニュースを耳にしても、今ひとつ実感が湧いてこない。いや、もともと、漫画雑誌が何百万部も発行されたり単行本が百万部単位で売れたりする「漫画ブーム」自体が現実味をおびていなかった。漫画は、常に身の回りにある存在であり、容易に手にすることのできる簡便なメディアである、というのがわたしの変わらぬ認識である。

ましてや外務大臣が、漫画は日本の誇る文化と公言し(そのくせこの人の文化認識は、「日本は単一民族、単一文化の国」などと放言する程度のものだが)、「漫画外交」を活発に展開させるため「漫画のノーベル賞のようなものを作りたい」と外務省主催で国際漫画賞を創設する、などという騒ぎには鼻白むばかりだ。漫画が権威になるとでも思っているのだろうか。もともと漫画は、文学や美術のように賞や名声による権威を必要とするものとはほど遠いものだと思うのだが……。

さまざまな価値観や評価が混在している漫画の魅力

誰もが認めなければならない権威というものでなしに、自分はこれが面白い、自分はそれは面白くないけれどこちらは面白い、といったようにさまざまな価値観や評価が横行できるところに、漫画というジャンルの魅力はあるのではないだろうか。叙情性の高いものや雄大な叙事詩的作品がある一方で、馬鹿馬鹿しいギャグ漫画もあればエログロナンセンスのようなものもある。それらが混在しているのが、漫画なのである。

そして、その幅は一貫して広がりつつある。漫画が産業として右肩上がりに発展した時代も、昨今言われるように影響力に陰りが見えたとされる現在も、漫画表現の可能性は広がっていく一方なのである。浦沢直樹の『MONSTER』『20世紀少年』『PLUTO』のように、より斬新な漫画を創造していく方向もあれば、西原理恵子や森下裕美のように4コマなどの軽いギャグ漫画のタッチで人間の深奥に迫る方向もある。

有隣堂横浜駅西口コミック王国

有隣堂横浜駅西口コミック王国

新しい表現や主題を追及する動きは他にも枚挙に暇がないが、ベテラン作家たちでさえ新境地を開拓しようとする一方、莫大な数の新人作家とその予備軍がいることも漫画の幅を広げている。しかもこれらの動きは、漫画業界の景気の良さ悪さとは関係なく進展する。いや、漫画が以前ほど売れないと思われているときこそ、新しい試みに出るチャンスは増えるかもしれない。

かくして、現在の漫画は、雑誌や単行本が売れまくっていた時代よりも、表現の内容を豊かにしてきている。商業的隆盛が従来ほどでなくても、作品的隆盛はむしろ現在の方が顕著である。それは、漫画という文化が着実に育っている証だろう。ある時代まで、社会の中で漫画は商品として「売れるもの」でしかなかった。それが今は、ひとつの表現媒体として確固たる地位を占めつつある。

その証拠は、漫画が映画化、TVドラマ化される形態に、如実に表れている。日本映画で漫画原作のものが作られ始めた70年代に映画化されたのは、次のような作品だった。『ハレンチ学園』『あしたのジョー』『男一匹ガキ大将』『子連れ狼』『同棲時代』『愛と誠』『嗚呼!!花の応援団』……それらはいずれも社会現象扱いされるほどの当時の大ヒット漫画であり、その商品としての成功のおこぼれにあずかろうと映画化が企画された。売れる漫画を映画化すれば映画も売れるだろう、という考え方である。

原作の魅力を映画化によって生かす

ところが昨今は、必ずしもそうではない。たしかに『DEATH NOTE』『NANA』『テニスの王子様』などヒット漫画も映画化されているが、多くは売れ行きに着目したものではなく、原作としての質の高さを認められてのものである。漫画の売れ行きに便乗するのでなく、原作の魅力を映画化によって生かし、映画独自の力でヒットさせようと目論んでいる。

典型が、2005年の大ヒット映画「ALWAYS 三丁目の夕日」である。原作の西岸良平『夕焼けの詩 三丁目の夕日』は74年からビッグコミックオリジナルに長期連載されている漫画で、社会現象を起こしたほどの大ヒット作ではない。しかし、その内容に可能性を見出し、映画化したのである。映画版のタイトルが変わっているのも、原作漫画の知名度に頼ったのではないからだ。

この映画は、興行収入32億円という成果を挙げただけでなく、映画賞を総なめにした。今秋には続編も公開される。また、2006年に70億円を超える興行収入を挙げた「LIMIT OF LOVE 海猿」はヤングサンデーに連載された漫画『海猿』(佐藤秀峰、小森陽一・作)の映画化だが、より手のこんだ熟成過程が見られる。すぐれた漫画ではあったが広く知られる存在ではなかった原作が、2004年に、「海猿」のタイトルで映画化されたときはさほど話題にならなかった。それを2005年にフジテレビで連続ドラマ化し、平均視聴率約13%を稼いで知名度を上げ、それらの積み重ねの上に「LIMIT OF LOVE 海猿」のメガヒットが成立したのである。

作品の質の高さで映画化された『夕凪の街 桜の国』

最近映画化される漫画の大半は、原作の知名度より、物語の面白さや着想の斬新さを買われている。2006年には、『最終兵器彼女』『東京ゾンビ』『ラブ★コン』『笑う大天使』『神の左手悪魔の右手』『ハチミツとクローバー』『花田少年史』『ラフ ROUGH』『スケバン刑事』が映画化された。

今年に入っても、『さくらん』が単館ロードショー系でそこそこのヒットを飛ばし、『蟲師』『僕は妹に恋をする』などが公開されている。『どろろ』『ゲゲゲの鬼太郎』の映画化も、その世界の面白さを生かす色彩が強い。さらに特筆すべきは『夕凪の街 桜の国』である。こうの史代の原作漫画は作品的に高い評価を受けたものの、ベストセラーの類ではない。それが映画化されたのは、ひとえに作品の質の高さゆえである。

それほどに、この作品の価値は高い。原爆の問題は、これまで『はだしのゲン』のような糾弾調で描かれることが多かった。それを、軽いユーモアを交えつつ静かにじっくりと語り、いつしか原爆の罪深さを考えさせる斬新なやり方を試みたのが、まず見事。さらに「夕凪の街」の昭和30年代、「桜の国」の現在と、昭和20年8月6日とを結んだ時間の経過、時空を超えた人間の絆を表現するという、漫画ならではの発想がすばらしい。

映画の方も、これまでの日本映画になかった、時間が積み重なる重層感を持つ傑作に仕上がっている。漫画の発想が映画に生かされてプラスアルファの効果を生んでいる。ついでに触れておけば、続いて公開される『天然コケッコー』も、田舎の子どもたちの青春グラフィティを、漫画から映画へとバトンタッチさせて快調だ。両映画とも必見である。

日本の漫画からヒントを探す海外の映画界

こうした、日本の漫画の物語としての力は、海外にも知れ渡っている。わたしの近著『韓国映画ベスト100』(朝日新書)は現在の韓国映画と韓国映画界の状況を書いたものだが、ここでも日本の漫画はキーワードのひとつになっている。2004年のカンヌ映画祭グランプリを獲得した「オールド・ボーイ」が日本の漫画『オールド・ボーイ』(土屋ガロン、嶺岸信明・作)の映画化であることは名高い。最近でも『カンナさん大成功です!』(鈴木由美子・作)が「美女はつらいよ」という題名で映画化され大ヒットした。

目端の利いたプロデューサーたちは、日本語のできるアルバイトを雇って片っ端から日本の漫画を読ませ、映画化のヒントを探している。その際、その漫画が売れているかどうかは関係ない。あくまでも話が面白いかどうかだ。事実、漫画『オールド・ボーイ』は日本の漫画ファンにそう知られていなかった。また、監督たちも日本の漫画を実によく読んでいて、『20世紀少年』や『バガボンド』の話題がしょっちゅう出る。

漫画文化のための「京都国際マンガミュージアム」が開館

日本漫画の力は、脈々と息づいている。当座の売れ行きや政治家の人気取りで左右されるものではない。2006年秋には京都市に「京都国際マンガミュージアム」が、養老孟司氏を館長として開館した【www.kyotomm.jp/】。建設には、文化庁、文部科学省、京都市、京都精華大学などが力を出し、わたしもお手伝いした。しかし、政治家や行政や大学のために作ったのではない。正真正銘、漫画文化のための施設である。こうした施設ができ、今後活用されていくことで、日本の漫画はさらに広がりをもっていくだろう。

寺脇 研氏
寺脇 研 (てらわき けん)

1952年福岡県生れ。
映画・漫画評論家。2006年の退官まで、文部科学省で教育行政に携わる。
著書に『韓国映画ベスト100』 朝日新書 760円+税、『格差時代を生きぬく教育』 ユビキタ・スタジオ 1,500円+税、ほか。

『書名』や表紙画像は、日本出版販売 ( 株 ) の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club 有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売 ( 株 ) が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.com の【利用規約】や【ご利用ガイド】( ともに外部リンク・新しいウインドウで表示 ) を必ずご一読ください。
  • ※ 無断転用を禁じます。
  • ※ 画像の無断転用を禁じます。 画像の著作権は所蔵者・提供者あるいは撮影者にあります。
ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.