Web版 有鄰

477平成19年8月10日発行

畠中 恵と『ちんぷんかん』 – 人と作品

江戸・大店の若だんなと妖[あやかし]たちが活躍する人情物語

畠中 恵氏
畠中 恵

「しゃばけ」シリーズの6作目

江戸の廻船問屋兼薬種問屋「長崎屋」の若だんな、一太郎は、心優しいけれど身体が弱い。手代の佐助、仁吉らは、お稲荷様が使わした妖[あやかし]たち。そばに仕えて、一太郎を守っている。

そんな楽しい設定の「しゃばけ」シリーズは、既刊5作が累計44万部、ヒット中の江戸妖怪人情物語。

『ちんぷんかん』は6作目で、連作短編5編を収める。「長編だった前作から、元に戻った感じで一つひとつ、刻むように書いていきました」という。

冒頭の「鬼と小鬼」は、火事にあい、昼とも夜ともつかない川のほとりに立ってしまった一太郎の“三途の川べり冒険譚”。「資料をみていると、江戸はほんとうに火事がよく起きている。ならば一度は長崎屋を火事で燃やさないと、と書きました」。

次は表題作の「ちんぷんかん」で、今流行りのインド式計算――ではなく、和算を解く話。続く「男ぶり」は、妖の血を一太郎より濃く継いだ美人の母、おたえの若き日の恋物語。さらに「今昔」で、腹違いの兄、松之助の縁談が起き、「はるがいくよ」で縁談の決着を描く。いずれも、愛嬌がある妖たちがにぎやかに登場し、不思議な雰囲気をかもし出している。

「『ちんぷんかん』を書きながら、これが6巻目のタイトルになるかな、と思いました。お母さんのたえは主役クラスになったことがなかったので書いてみました。彼女は少し変わっていて、若い頃はどんな人だったのかな、と。やはり資料から、平安期だけでなく江戸期にも陰陽師が存在していたと知り、『今昔』では陰陽師と貧乏神をからめてみました」

「はるがいくよ」は、可憐な妖が出てくる幻想的な1編である。

「桜が好きなんです。小雨が降る上野公園を歩いていたら、桜の散る速さと雨粒が落ちる速さが違い、ふたつのスピードが重なり合っているのがすごく印象に残って、この話に繋がりました」

書店めぐりをしたり、公園や地下街を歩いたり、歩きながらふとアイデアが浮かぶという。新潮社によると、多くの時代小説は男性読者がメインだが、「しゃばけ」シリーズは、女性読者が7割以上を占める。新刊が出るたびに文庫版『しゃばけ』が売れ、新しい読者が広がるところが特徴なのだそうだ。

1作目『しゃばけ』は畠中さんのデビュー作なのだが、そもそも、なぜ、若だんなは病弱で妖に囲まれているのだろうか。

「すごく恵まれた人にマイナス点があるとして、身体が弱かったら大変だろうな、と考えました。都筑道夫先生の『なめくじ長屋』シリーズが好きで、弱さをカバーして寄り添い、守りあっている人たちが人間だったら『なめくじ長屋』と似てしまう、全く立場が違う妖が周りにいたらどんな話になるだろう、と考えたのが始まりでした」

『しゃばけ』は「妖怪人情推理物」だったが、シリーズ化にともないファンタジー、リアル、事件ものなど、1編ごといろいろな切り口で書く工夫をしている。そのため、パターン化せず、どの話から読んでも面白い。

「お気に入りのキャラクターをもっと活躍させて! といったリクエストや、感想をネットで読むと、すごく嬉しいです。書いているうちにキャラクターが成長し、好き勝手に動いてくる。6作目はお兄さん、松之助について、縁談の答えを出すところまでいこうと思っていました」

自由に書きたくて漫画家から小説家へ転身

1959年高知県生まれ。名古屋造形芸術短大卒。1988年、漫画家デビュー、女性コミック誌に漫画作品を発表後、作家の都筑道夫さん(2003年死去)の創作講座に通い、2001年、『しゃばけ』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受けて小説家デビュー。他の著書に『ゆめつげ』『まんまこと』など。

「女性コミック誌では主人公は女性、現実離れしたものはダメ、といった制限がありましたが、都筑先生に学び、自由に書いて応募したのが『しゃばけ』。その延長でシリーズを書けて楽しいです。漫画家だった頃、酷評を受けて書けなくなったことがありましたが、2年ほど経ったら独りでにものを書いていて、いずれにしても自分は、何らかの形で何か書いていくのだろうと思いました。本を読むと、悲しい、楽しい、いろいろな感情がわきます。読んで何か感情がわき、満足感のようなものを持ってもらえる小説が書けたらいいな、と思っています」

(青木千恵)

『ちんぷんかん』・表紙

ちんぷんかん
畠中 恵/新潮社/1,400円+税

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