Web版 有鄰

474平成19年5月10日発行

荒井千暁と『職場はなぜ壊れるのか』 – 人と作品

成果主義や能力主義が生むひずみを問う

荒井千暁氏
荒井千暁

増えている職場での心の病

(財)社会経済生産性本部が2006年に発表した調査では、6割の企業が最近3年間に社内で心の病が増えたと答えている。年齢層は30代が多く(61%)、次いで40代(19.3%)。働き盛りのうつを防ごうと、多くの企業が、メンタルヘルス対策に取り組み始めている。

荒井千暁さんは、大手繊維メーカー、日清紡で産業医を務める。産業医は、従業員が快適に仕事ができるよう、専門的立場から指導と助言をする医師で、臨床医と違い、健康な人を含めた環境づくりを考え、職場の心の病や生活習慣の相談に乗る仕事だ。

「産業医を始めた13年前は、メンタルヘルスという言葉はありませんでした。少し骨休めのつもりで産業医になり、2、3年で大学医局に戻ろうと思っていましたが、足を踏み入れると、非常に重要な仕事だとわかり、本格的に取り組むことになりました」

日本では1998年に自殺者が急増し、以降、毎年3万人を超える人が自殺で亡くなっている。厚生労働省の調べでは05年度に過労で労災認定された人は過去最高の330人。自殺に至った過労自殺は147人で、これも過去最高だった。就労型うつの増加は、働きながら死に至るような悩みを抱える人が増えていることを表している。

「ほほえみうつ病といって不調を打ち明けず、表向きは明るく健康にみえる人がいます。いよいよ朝がしんどいというところで、ガクッと休むようになってしまう。うつは50、60代の病気と思われていましたが、若い人にも増えています。最近の学生は大学の授業にきちんと出るそうで、まじめです。卒業後もメールなどで連絡しあい、つい張り合って、抑うつ状態になる人がみられる」

産業医をしながら、勤め先以外のケースも多く耳にする。昨年出版した『こんな上司が部下を追いつめる』で、職場のコミュニケーションの大切さをさまざまな事例から掘り下げ、反響を呼んだ。続いて出版した『職場はなぜ壊れるのか』でも、34歳で自殺し、のちに労災認定された男性のケースなど、多くの事例を取り上げている。

棒グラフで売り上げを記したボードの前に「成績順」に並ばされ、成績不振者5人だけ朝礼の後半を聞かされずに営業に出される外資系証券会社の事例、セクシャルハラスメントの事例……。働く人たちが何にほんろうされているのかを探り、全体として、成果主義や能力主義が生むひずみを問う内容になっている。

「取材ソースは明らかにできませんが、こちらもショックを受けるような話を聞くと紙にメモをして、仕事のヒントにします。心の病の引き金が、仕事を通した心的外傷であることが非常に気になります。力量不足を指摘されて自分でそう思い込んでしまったり、心ない言葉を投げつけられたり、競争やストレスが高じて不用意な言動や行為をするモラルの低下が、いろいろな場でみられます。働いて倒れることほどの無念はないと思う。人間は能力差があって当然で、100の人が100、70の人が70の力を発揮する職場が理想です。ただ競うのでなく、問題意識を共有化してフランクに話せる場作りが大事です」

本では、山田久志や鈴木啓示ら、40歳を過ぎて緩急自在の持ち味で活躍したプロ野球の名投手に触れ、<人には緩急自在が必要。今日はそこそこだけど、5日が終わってみれば勝ち越している。そうした生き方が実績に結びつく>など問いかけた。

産業医として労働衛生・産業医学に専念

1955年、静岡県生まれ。新潟大学医学部卒、東京大学医学系大学院修了。東大医学部附属病院物療内科を経て、日清紡健康管理部長、統括産業医。自殺問題弁護士医師等研究会にも参加し、現在は労働衛生・産業医学に重点をおいて、2007年1月から、産業医の仕事に専念している。

「昨年12月まで、週1度臨床医もしていましたが、労働衛生・産業医学の分野が切実になり、臨床から離れました。以前、産業医って医師免許がいるんですか? と聞かれて、確かに白衣も着ていないし、保健室のおじさんと思っているんだな、良いことだな、と思った記憶があります。職場が集団生活である以上、個人レベルの予防には限界がある。本に<仕事はアート、スキルに非ず>と書きましたが、多くの人がスキルアップと評価にかく乱され、芸術のような熟練者の経験や知恵を伝承する余裕がない。産業医の立場からみえてくるものはかなりありますね」

(青木千恵)

『職場はなぜ壊れるのか』・表紙

職場はなぜ壊れるのか
荒井千暁/ちくま新書/700円+税

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