Web版 有鄰

496平成21年3月10日発行

有鄰らいぶらりい

悼む人』 天童荒太:著/文藝春秋:刊/1,619円+税

『悼む人』・表紙

『悼む人』
文藝春秋:刊

先月の「人と作品」で紹介した山本兼一『利休にたずねよ』とともに140回直木賞を受賞した作品。

事故や殺人などで亡くなった人の現場へ行き、その死を悼んで全国を歩く男の話である。死者を知っている人に会い、彼または彼女は誰かに愛されていたか、どういう人を愛していたか、何かをして人に感謝されたことがあったかを聞き、それを胸に刻んで「悼む」という行為をする。それが何になるのか、何のためにするのか、と現場を見たり、話を聞かれたりした人は疑問に思うが、それはそのまま読者の疑問でもあろう。そしてこの長編小説自体がそうした疑問への長々しい回答ともいえる。実際、彼は至るところで不審者と見られ、何かの教団の一員かと疑われ、偽善者とか精神異常者と思われる。

殺されたホームレスが捨て猫を可愛がっていたし、猫も彼を慕っていたようなので、そのように悼んだ、という彼に、登場人物の一人が「勝手な思い込みでしょう」と質す。

彼は「思い込みでもいいと思っているんです。大切なのは、亡くなった方を自分の中にどう刻んでいくかなので、何かしら、その人らしさを表すものを見いだせればよいと、考えています」と答え、「亡くなった人を、ほかの人とは代えられない唯一の存在として覚えておきたいんです。それを〈悼む〉と呼んでいます」と言うのである。

百鬼夜行絵巻の謎』 小松和彦:著/集英社新書:刊/1,200円+税

本の冒頭、著者が教授をつとめる国際日本文化研究センター所蔵の「百鬼ノ図」という極彩色の絵巻が24頁にわたって載っている。

まず出てくるのは、天狗にも似た鳥の妖怪で、たすきをはためかせ、両手に持った骨から火炎を放ちながら走っている。次いで竜頭の亀の妖怪に乗った烏帽子をかぶった蛙やら、宮廷の女房がはく紅の打袴をつけた裸の上半身に毛のはえた女の妖怪やら臼や五輪塔など器物の妖怪やらが延々とつづく。

この行列だけでもおどろおどろしい迫力があるが、圧巻は絵巻の3分の1を占める黒雲の図。電光を放ち渦を巻いて逃げる妖怪たちを襲い呑み込む黒雲の中には動物の背に乗った鋭く大きな角を持ったサタンのような異形のもののシルエットが描かれている。

最近の妖怪ブームを背景に各地で展示されている「百鬼夜行絵巻」の成立や系統に関する謎を解いた貴重な絵巻だが、実は古書店で売れ残っていたもの。絵巻の特異さに気づいた兵庫県立博物館の学芸員から購入を打診された著者は、絵巻を見た瞬間、これまで整理のつかなかった疑問がこの絵巻で氷解すると思い「体に電撃が走った」。

京都・大徳寺真珠庵所蔵の「百鬼夜行絵巻」を中心に語られてきた絵巻成立の定説をくつがえし、国内外の数多い百鬼夜行絵巻の成立と系譜を明快に解く。

どうせ、あちらへは手ぶらで行く
城山三郎:著/新潮社:刊/1,200円+税

一昨年、亡くなった著者の書斎に散在していた遺稿を整理した『そうか、もう君はいないのか』はベストセラーになった。これは同じ仕事場に残された9冊の手帳の手記を編集部で整理した第2弾。

手帳の左面はスケジュール表だが、右面のメモ欄には「その日、感じた思いや、目にした光景などが、薄い罫線を無視して、まさに思うがまま自由に記されていた」(次女紀子さんの後書き)。

生前、日々の予定を確認するため、しばしば手帳を手にした紀子さんも、父の内面にふれてはいけない、ふれたくないと、没後もしばらく目をやらずにきた。それを出版に踏み切ったのは、愛妻を偲んだ『そうか、もう君は—』が、はじめて城山作品にふれた読者の反響だったという。

1998年から亡くなる前年2006年まで、飛び飛びではあるが、日記体の短文が書かれている。

99年9月、妻容子さんの病気(肝臓がん)が発見されてからは、圧倒的にその話が多い。12月、トイレで倒れ、救急車で運ばれたときは「一睡も出来ぬ。脳死でもよい助かってくれと願う祈る」とあり、数日後には「神社でおみくじをひくと『大吉』。その上、『病を気にするな、治る』と出る。歓喜」と、率直な気持ちが記されている。

ほぼ1円の家』 石倉ヒロユキ:著/NHK出版:刊/1,200円+税

簡保の宿など国家的建築物の安売りが問題になっているが、民間でも安い家はいっぱいあると、自ら1円の家を買った絵本作家の著者が言う。

著者が買った土地付き中古住宅もすべてが土地の値段。築約40年の家の価値は限りなく0に近い「1円」という訳である。駅から徒歩18分、土地は66坪あり、18年ほど前に改修しているので、屋根や壁もまだ健在に見えた。水回りの改修などリフォームすれば立派になる、掘り出し物だ、と叫んだほどだった。

はたして1円の家は安かったのか。まず工務店の見積もりでは、リフォームの予算にしていた500万円を軽く超える。そこで見積書に書かれた材料のうち、自分で判断しやすい床材などをネットで買って持ち込み、できそうな作業は自分でやることにした。

しかし、その後の耐震工事にともない、シロアリ、お神楽(平屋建てに2階を増築したもの)などの問題が次々に発生、住み始めてからはネズミやハクビシンに脅される。

現代の情報社会では不動産に「掘り出し物」など存在せず、値段には理由があることを痛感しつつ、これらの問題を一つずつ解決していく過程を細かく報告している。

第2章以下の「もったいないDIY」では古い家具や家電、段ボール、空き瓶、廃材などを利用したDIY術を伝授する。

(K・K)

※「有鄰」496号本紙では5ページに掲載されています。

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