Web版 有鄰

495平成21年2月10日発行

有鄰らいぶらりい

昭和天皇』第一部・第二部
福田和也:著/文藝春秋:刊/一部:1,619円+税 二部:1,714円+税

『昭和天皇(第二部)』・表紙

『昭和天皇(第二部)』
文藝春秋:刊

米国から言わせれば太平洋戦争、日本側から言えば大東亜戦争の最中、米国の大統領ルーズベルトが執務室の机に米兵から送られた日本兵の髑髏をおいていたことはよく知られている。

一方、戦後の昭和36年(1961年)まで昭和天皇が住んだ地下壕執務室の机の背後の飾り棚には、2人の人間の胸像が置かれていた。飾られていたのは上段がリンカーン、下段がダーウィンだったという。生物学の研究をしていた天皇だからダーウィンはまだわかるが、「リンカーンは途方もない」と著者は言い、「国の存亡を懸けた大戦争のさなかに、敵、味方といった区別をまったく眼中におかない」この境地を何と呼んだらいいのだろう、とも書く。

敗戦が昭和天皇のいわゆる“聖断”によることはよく知られている。終戦の決断ができたのなら、開戦はなぜ阻止できなかったのか、という声が、昭和天皇の戦争責任論の大きな論拠だった。

敗戦の昭和20年からの数年間、「彼の人(天皇)は独り、大声で叫びながら、夜闇の御座所を歩きまわり、自身を責め続けたという」。その後、昭和天皇が対米戦を決める御前会議で明治天皇の御製「四方の海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ」を2度詠み上げ、立憲君主国という制約の中でぎりぎりの抵抗をしたという事実も知られるようになってきた。

「想像を絶した、壮絶な、と云いたくなるような無私」の精神と異色の指導者の生涯を追う大作の導入部。二部は、大正天皇の崩御まで。

二月三十日』 曽野綾子:著/新潮社:刊/1,600円+税

表題作ほか12編を収めた短編集。「二月三十日」は、もちろんありえない日である。

1850年代に西アフリカの奥地に宣教に入った7人の神父と修道士が、次々と病に倒れる経過を、1人の神父が日記に残す。その神父も最後に倒れ、7人は約80日で全滅するのだが、「二月三十日」は日記に記された日付だけの最後の文字。著者らしく苦味も効いた表題である。

苦味といえば、冒頭の「パリ号の優雅な航海」も皮肉なタイトル。海賊の出没するマラッカ・シンガポール海峡1千キロの浮標など航路標識の保全を行っている船に乗り込んでいる日本人の話である。

パリとはインドネシア語で南十字星のことというと、さぞ素敵な船と思われるが、実は1978年建造のオンボロ船で、金もないと分かっているので海賊も狙わない。

この海峡で事故が起きると日本へ送られてくる物資がたちどころに滞る、日本の海上輸送の死活を制する重要な場所なので、日本は100億円以上の金を出して航路標識を保全しているのだという。

ノンフィクションに見せたフィクションだったり、いかにも小説風の実録だったり、どれも曽野さんらしいひねりをきかせた作品集である。

審判』 ディック・フランシス:著/早川書房:刊/1,900円+税

人気の競馬シリーズの最新作。著者名は、正確にはディック・フランシスの後ろに小さく「&フェリックス・フランシス」と出ている。ディックは2000年に執筆協力者でもあった、メアリー夫人を亡くしたあと、しばらく絶筆していた。6年後、今度は息子のフェリックスを協力者に選んで発表した『再起』以来のコンビである。

コンビといえば、長年、邦訳を手がけた菊池光氏も2006年に亡くなり、『再起』以後は北野寿美枝氏が翻訳者となっている。なにせ競馬界に次いで、ミステリー界でもトップを張り続けたディックもすでに88歳。周囲がついていけない、という事態も生じるのである。

今度の作品は表題から分かる通り、殺人事件の裁判が大きな山となる。日本でも陪審制が取り入れられることになったが、その本場は小説の舞台である英国であり、13世紀にまでさかのぼるという裁判制度の歴史と現状が小説の進行とからみあって丹念に描かれていく。

仲間から姓と職業のせいで「ペリイ」と呼ばれている弁護士でアマチュア騎手のジェフリイ・メイスンが主人公。事件をめぐってメイスンや陪審員が脅迫されるが、日本の新制度ではこういう事態への配慮はどうなっているのか。陪審制に興味ある人には必見のミステリーだろう。

「サラ川」傑作選
山藤章二・尾藤三柳・第一生命:選/講談社:刊/1,000円+税

毎年全国から公募している「第一生命サラリーマン川柳コンクール」、通称「サラ川」21回目の作品集。

今回はあえて「親父ギャグ」(語呂合わせ句)を選んだという山藤氏のベストテンは

▽忘年会娘ミシュラン父酒乱 (ミスターベークマン)
▽千の風妻ならきっと千のグチ (紙風船)
▽引越しも孟母三遷俺左遷 (舌好調)

など。

「抑制の利いた作品」を取ったという尾藤氏の十選は

▽KYを今日も良い子と訳す親 (親ばかママ)
▽来年の夏はネットで墓参り (ポンタ)
▽千の風俺のふところすきま風 (ルチアーノ秋川)

など。

第一生命選は全国人気投票によっているが、1位が3562票の

▽「空気読め!」それより部下の気持ち読め! (のりちゃん)。

以下

▽今帰る妻から返信まだいいよ (えむ)
▽減っていく…ボーナス・年金・髪・愛情 (ピュアレディ)

とつづく。5位は

▽ゴミ出し日すてにいかねばすてられる (読み人知らず)

だが、17年前の「傑作選」1冊目には「ゴミ袋さげてパジャマに見送られ」の「今や古典句」(尾藤氏)が入っていたそうだ。

(K・K)

※「有鄰」495号本紙では5ページに掲載されています。

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