Web版 有鄰

491平成20年10月10日発行

乾 くるみと『カラット探偵事務所の事件簿①』 – 人と作品

“謎解き専門の探偵”の活躍を描いた

乾 くるみ氏
乾 くるみ

6つの事件に施された細かい仕掛け

〈あなたの頭を悩ます謎を、カラッと解決いたします〉。人口12万の小都市「倉津市」を根城にする「カラット探偵事務所」は、“謎解き専門の探偵”だ。所員は、並外れた推理力と観察力を持つ所長の古谷と、調査員・井上の2人だけ。元新聞記者の井上は、高校の同級生だった古谷の誘いで事務所に入り、怪事件を次々解決していく古谷の活躍を物語る――。

「ビジネスマン向けの本を多く出しているPHP研究所の月刊誌『文蔵』での連載だったから、いきなりマニアックなミステリにせず、“謎解き専門”の事業を立ち上げた男と、元会社員のコンビという設定にして、ビジネスマンの人にもとっつきやすくしようと考えました」

浮気調査や信用調査は苦手で、“謎解き”が得意な古谷は、ほんわかと太平楽な性格である。一方、井上は過労体質で、事務所の成り行きに一喜一憂している。シャーロック・ホームズとワトソン博士のように好対照の2人の事務所に、作家の妻が夫の浮気調査を依頼しに来たり、山ろくの豪邸に射ち込まれた弓矢の謎、暗号歌解読による宝探しなど、怪事件がぽつぽつと持ち込まれる。

「締め切りが近づくと考える感じで、連載で4つの話を書きました。ネタは常にゼロの状態。締め切りの2週間前に謎ができていないとちょっとまずくて、何とかひねり出し、ネタから舞台や人物を決めて、話を作っていく。1話目に出てきた“卵”の話題を再び出して全体を収束させようかと考えたり、三兄弟を出したから三姉妹はどうかと、考えていくうちにネタが生まれて、話ができていく」

全部で6つの事件が収められ、仕掛けが細かく施されている。倉津市のほか、六瀞市、池戸市という地名が出てくるが、逆さに読むと、横溝正史の『白と黒』、ディクスン・カーの『死時計』のタイトルであり、さりげなく名作と関連づけて作られている。

「気がつけば、こんなところにもネタがあるとミステリ・ファンに楽しんでもらえるといいし、通じなくても話自体を面白がってもらえればいいなと、ビジネスマン向けに“家族の物語”、人の心を絡めて書こうと思いました。僕自身のことを反映させようと意識していませんが、見知らぬ自分がひゅっと出てきて書き始めるときがある。1話目で古谷が突然駄洒落を飛ばして、なぜこんな会話を書きたくなったんだろうと驚いたんですが、ああ、今の自分だったらこういうキャラクターになるんだと、必ず毎回、古谷がオヤジギャグを言うようになりました。連載した06-07年当時の流行や固有名詞も入っています。時代の流れが速くて、もう古い感じのものも、書いたときの自分の気持ちをとっておきたくて、そのまま入れています」

小中学校のころから“健全じゃない”ミステリに惹かれる

1963年、静岡生まれ。98年、『Jの神話』で第4回メフィスト賞を受賞。『匣の中』『塔の断章』『マリオネット症候群』など、異色作を次々と発表している。

「謎とトリック、範囲を広げてアイディアと言ってもいいですが、ネタを思いついてしまったから人に読んでもらいたい、それが小説を書く第1の動機です。小中学校のころから本格ミステリを中心にした読書で、惹かれた理由は“健全じゃない”ところ。江戸川乱歩の『魔術師』などは非常にいかがわしい話ですが、親が子供にあまり読ませたくないような、どきどきさせられる刺激物の虜になり、ミステリの魔力に引き寄せられました。30歳を過ぎて、手持ちの3つのネタを長編小説にすることを人生の優先課題にしようと、会社を辞めて書き上げて、そのうちの1作でデビューに到りました」

本作は、4年ぶりの単行本。昨年から今年にかけ、04年発表の『イニシエーション・ラブ』と『リピート』が文庫化され、『イニシエーション・ラブ』は30万部超のベストセラーになっている。

「“30万部突破”には驚いています。自分の小説はベストセラーに縁がないと思っていたけど、ネタを中心にした変わった話が、これほど大勢に楽しんでもらえると知り“マニアック”と言われ勝ちな本格ミステリ好きとして、明るい、希望が持てることだと思いました。ネタ中心の僕は、ネタに合わせて小説の設定や雰囲気を変えてしまいます。1、2作読んだくらいで『分かった』なんて言われない、いつも違うサービスをしていきたい。ネタがある限りやっていない作風にチャレンジしてみたい」

(青木千恵)

カラット探偵事務所の事件簿①

カラット探偵事務所の事件簿①
乾 くるみ/PHP研究所/1,400円+税

※「有鄰」491号本紙では5ページに掲載されています。

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