Web版 有鄰

471平成19年2月10日発行

有鄰らいぶらりい

グレート・ギャツビー』 S・フィッツジェラルド:著 村上春樹:訳
中央公論新社:刊/1,000円+税

この本は昨年末、発売と同時にベストセラーに入っている。日本にスコット・フィッツジェラルドの名を知っている人は、そうはいまいと思えるから、これは“ハルキ効果”に違いあるまい。

訳者はこの小説を「これまでの人生で巡り会った最も重要な3冊の本」の筆頭にあげている。他の2冊はドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』とレイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』。前者は純文学、後者はエンターテインメントの代表作ともいえる作品である。

肝心の『グレート・ギャツビー』は、アメリカの中西部出身の東部で働く質朴な青年「僕」の目を通して、隣家の豪邸にひとり住む独身男ギャツビーの、かつての恋人でありいまは人妻に対する桁外れの“純愛”を描いている。

これまた前2作と似ても似つかぬ作品であり、いささか戸惑うが、村上文学の幅の広さと取るべきだろう。宮殿のような庭で毎晩のように豪奢なパーティーを開くギャツビーと、それに集う俗悪な客たち。「尽きることのない人生の多様性に魅了されつつ、同時にそれに辟易してもいた」という「僕」の目に、俗物中の俗物と見えたギャツビーの尋常でない希望と夢想が描かれていく。

父・藤沢周平との暮し』 遠藤展子:著/新潮社:刊/1,300円+税

『父・藤沢周平との暮らし』・表紙

『父・藤沢周平との暮らし』
新潮社:刊

著者は先ごろ『藤沢周平 父の周辺』(文藝春秋)を出したばかりである。2冊目となる本書も、作家・藤沢周平を肉眼でとらえた記録である。

周知のように藤沢周平は山形県鶴岡市郊外の農家に生まれ、師範学校を出て地元の中学教師となったがわずか1年で肺結核にかかり大手術を受けて、一命をとりとめた。その後は業界紙の記者となって露命をつないだ。そのころ地元の女性と結婚したが、出産後8か月で亡くなってしまった。この時生れたのが、著者である。

数年後、藤沢は2度目の妻を迎えるが、それまで男手ひとつで著者を育てた。

そうした苦難の人生を切り拓くために取り組んだのが小説であった。初期作品がひたすら暗かったのは、そのせいである。著者によると、父・藤沢周平は「普通が1番」をモットーにしていたという。藤沢作品に登場する人物の温かさ、庶民性、誠実さ、薄幸にたえぬく我慢づよさ、そして時にはカタムチョ(頑固)な態度などは、藤沢の日常生活そのままで、二重映しになって描かれている。

本書には2度目の妻のことも書かれている。その人柄もすばらしい。藤沢作品が徐々に明るくなってきたのも、この夫人のたまものであったことがよくわかる。

恋愛不全時代の処方箋
藤田宜永:著/阪急コミュニケーションズ:刊/1,200円+税

現代は恋愛が成立しにくい時代だという。なぜなのか。本書は恋愛小説の名手が、複数の女性の質問を受けて語り下ろした処方箋である。

初めに言ってしまえば、恋愛が成立しにくくなったのは、男女の生き方、とくに若い女性の生き方が変わってきたことによるという。女性は男性以上に、社会的地位をもち、職業をほこり、プライドのある生活を営むようになっている。

新しい時代には、新しい生き方が求められるように、新しい恋愛も求められなければならない。引っ込み思案でいると、勝ち組、負け組などとされかねない。それを恐れず、恋をすることだ。

ただし、中年の妻子ある男の、わなに陥ることには注意が必要。そのためにも、恋の経験を重ねる必要がある。さらに著者は、もっと本を読もうとすすめている。本を読むことによって、より充実した体験が得られるようになるというわけだ。

そして最後の章で著者が指摘している点も大切だ。すなわち、失恋を恐れるな、というのだ。失恋は人間にとって財産であると。

本文中で「女性が強くなった」と言っていますが、<よくよく突き詰めて考えると、昔の女性に比べて、実は弱くなっているという気もするのです>。新しい時代の恋愛について示唆に富んだ言葉が多い。

サルビアの記憶』 海老沢泰久:著/文藝春秋:刊/1,714円+税

7篇を収めた短篇恋愛小説集。表題作「サルビアの記憶」は、結婚して10年になる35歳の小説家・北山薫が主人公である。妻が実家の病人見舞いのため留守となり、家事の大変さを体験している時、少年時代の女友達から突如、電話がかかってくる。2人の思い出の中に、サルビアの花がある。

<茎の先端部に赤い唇のような花がいくつも咲いていた。彼女はその中のまだ開ききっていない花のひとつに手を伸ばすと、指で花の喉もとを押さえた。「こうすると唇から赤い舌を出すのよ」……>

久方ぶりに再会した2人は誘い合ってバーへ行き、カクテルを飲み、やがて……。

「森の中で」の主人公・萩原行彦は、高校生だ。学校の帰路、川の土手下で、井上恵と待ち合わせていた。しかし時間を大幅に過ぎても恵は現われなかった。帰宅後、友人に誘われて村の祭りの場に行くと、意外にも恵は、ほかの男の子らに囲まれて談笑していた……。しかしこの作品はきれいな結末で終わる。

どの作品も巧みに心理の変化をとらえているのが魅力的だ。俗に、女ごころと秋の空というが、男ごころと春の空ともいい、やはり変わりやすいものだ。そのへんを巧みなストーリーに仕立て見事である。

(K・F)

※「有鄰」471号本紙では5ページに掲載されています。

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