Web版 有鄰

470平成19年1月1日発行

小路幸也と『東京公園』 – 人と作品

東京の公園をめぐる若い母親と大学生の物語

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小路幸也

アメリカ映画『フォロー・ミー』へのオマージュ

公園で若い母親が子供といる風景はなんら珍しくないが、あちこちの公園を渡り歩く母親の姿は、ちょっと奇妙だ。『東京公園』は、2歳の娘をベビーカーに乗せて公園を渡り歩く母親と、彼女を追跡して写真を撮るうち、いつの間にか被写体に恋をする大学生の物語だ。

「アメリカの映画『フォロー・ミー』(72年)へのオマージュです。言葉を交わさないふれあいが映画のテーマで、公園のシーンがありました。“書くとすれば東京の公園かな”と思ったとたん、東京の公園をめぐる物語が一気に浮かびました」

北海道旭川市から東京の大学に進学、カメラマンを目指している僕(圭司)は、東京中の公園を回り、親子連れや家族の写真を撮っていた。ある日、水元公園(葛飾区)で会った34歳のサラリーマンの初島さんから、「妻を尾行して写真を撮ってほしい」と頼まれる。初島さんの妻で23歳の百合香さんは、娘を連れて公園を渡り歩いており、初島さんは妻の挙動を不審に思っているのだ。

「ファインダー越しに切り取る一瞬には、被写体の表情や内からにじみ出る感情が詰まっている。言葉を交わさずに相手の気持ちを推量し、理解していく人として、カメラマンがいいと思いました。主人公の死んだ母親がカメラマンだった設定で、主人公の家族状況にも話を繋げた。僕は北海道在住なので、舞台となる東京の公園は、ネットで探して描写しました」

圭司の両親は子連れ再婚同士で、旭川に実父と義母が住んでおり、圭司と血のつながりがない5歳年上の姉の咲実は、東京に住んでいる。圭司の家族はいたわりあう関係を築いているが、まだ若い初島家は不安定で、圭司はファインダー越しに、百合香さんの繊細な気持ちを知っていく。

「自分をモデルにすることはやめようと決めて書いていますが、こうあってほしいな、と思うことは、物語の中に出てきますね。今回は、“みんなが、幸せになれる方向に向かって考えなきゃだめでしょう、生きていく、暮らしていくとはそういうことでしょう”と登場人物に言わせたことが、小説を通して残ってほしいことでした。それぞれが、まわりにいる人のことを考えていれば、世界は平和であるはずですが…。ひと昔前は、買い物に出かけるときにお隣に声をかけたり、他人を気にかけることが生活の一部でした。今は、そんな気遣いをしなくても生活できるようになり、むしろなるべく関わらずにいる生活習慣になっています。人は心情的に人とのつながりを求めるから、現代の生活と心情との間にギャップが生まれている。僕らの子ども時代は、まだひと昔前の生活が残っていて、僕の中にはその記憶があるから、知っているものはやはり残さなきゃダメだろうと」

圭司のまわりには、フリーライターのヒロ、幼なじみの富永ら、何くれとなく互いを気にかける人々がいる。

「昔が良かったと言うのではなく、例えば旧知の友だちにばったり会ったとき、お元気ですか? じゃあまた、と、互いに笑っていられる自分でありたい。そんな気持ちが僕の根底にあります」

最終的にハッピーエンドになる物語を書きたい

1961年、旭川市生まれ。江別市在住。札幌の広告制作会社に勤務、38歳のとき、ゲームシナリオの執筆を契機に退社。2003年、『空を見上げる古い歌を口ずさむ』で講談社メフィスト賞を受賞してデビュー。他の著書に『そこへ届くのは僕たちの声』、『HEARTBEAT』など。06年4月刊の『東京バンドワゴン』で「2006年度本の雑誌上半期ベスト10」の第4位に選ばれた。

小説を書き始めたのは、30歳のとき。子供の頃から小説、映画、コミック、テレビドラマなどたくさんの物語に触れ、70年代のドラマ「俺たちの旅」、「傷だらけの天使」に影響を受けた。「俺たちの旅」の主舞台である井の頭公園は、今回、重要な場所として小説に登場する。

「擬似家族、大家族と、家族が小説のテーマになるのはなぜだろう、と自分でも思います。ひとつだけ決めているのは、歌の文句みたいに“光差す方向”へ、最終的にハッピーエンドになる物語を書きたいということです。中学生のときに島崎藤村『破戒』を読み、どん底の状況でも、主人公が希望の光をみていると、印象に残りました。せめて小説の中では光をみてもらいたい。辛いことが多い社会状況だから、そう考えるのかも知れません」

(青木千恵)

『東京公園』・表紙

東京公園
小路幸也/新潮社/1,400円+税

※「有鄰」470号本紙では5ページに掲載されています。

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