Web版 有鄰

467平成18年10月10日発行

貫井徳郎と『空白の叫び』 – 人と作品

殺人を犯した3人の少年の軌跡をたどる物語

貫井徳郎
貫井徳郎

犯した罪に向き合い、更生できるか

団地に住む中学生、14歳の久藤は両親のように平凡な人生を歩みたくない焦燥を抱え、ふとした弾みで人を殺してしまう。久藤ら、殺人を犯した3人の少年の軌跡をたどる物語である。

「2000年の少年法改正以前を舞台にしています。『殺人症候群』という長編で未成年者や精神障害者の犯罪について書き、そこで唯一、犯人側の視点が盛り込めなかったので、徹底的に犯人の立場から書いてみようと構想したのが、この小説です」

3人の少年は、久藤と、大金持ちの家に育った葛城、祖母と叔母に育てられた神原である。物語は、3人が殺人に至るまで(1部)、少年院の生活(2部)、少年院を出た後のこと(3部)の3部構成で、3部それぞれ500枚ずつ、原稿用紙1,500枚の長編になる予定が、5年がかり、2,100枚の大作になった。

「少年の苛立ちと犯罪は普遍的なテーマで、容易に解決されるものではない。完成に時間がかかっても古びないだろうと、腰を据えて連載しました。ふだんはどぎつい描写をしないように心がけていますが、この小説の場合は、必然性があって書かなければならなかった。暗い、救いのない犯罪者の心理を書き続けるのは大変で、平行して明るい青春小説を書いて息抜きをしていました」

5年がかりで書き終えると、小説はむしろ時宜にかなった内容になっている。1997年、兵庫県で14歳の少年による殺人事件が起き、社会に衝撃を与えたが、今では、少年による殺人、親族間殺人が続発している。今年、稚内で高1の長男が母を殺害、奈良や埼玉で少年が自宅に放火する事件が起きている。

「言葉にならない鬱屈があるのは当然で、それとどう折り合いをつけていくかが社会生活です。10代は、もやもやをうまく言葉にできない年齢です。以前なら、最後の選択肢は自殺でしたが、自分を傷つけるよりも他人を傷つける方が楽だと、最後の選択肢の一歩手前の手段として、殺人が意識されるようになってしまった。ちょっとしたきっかけでぽんと殺人に至る。誰にでも起こりうる話として書こうと思いました」

殺人を犯した3人は、少年院で知り合い、奇妙な絆で結ばれる。3人は更生できるのか。緻密に話の筋を組み立てて書くのかと思ったら、どう着地するかも定めず、五里霧中で書くという。少年たちの岐路は大きく分かたれ、明暗が異なっていく。

「同情の余地がどれだけあっても、犯罪は絶対にしてはならないことで、本人が責任を取らなければならない。自分が犯した罪に向き合い、更生できるか、というテーマを書ききることが焦点でした。犯罪に至る状況はケース・バイ・ケースですが、少年がその後どうなっていくかは、僕も読者も一番知りたいことではないかと思って、日々、コツコツ書いていました」

人間の感情が書きたくてミステリーを

68年、東京生まれ。早稲田大学商学部卒業後、不動産会社に勤務。93年、鮎川哲也賞の最終候補に残った長編『慟哭』が北村薫氏に絶賛されてデビュー。他の作品に、『プリズム』『さよならの代わりに』『追憶のかけら』などがあり、今年、『愚行録』で直木賞候補。高校時代、横溝正史賞の賞金50万円に惹かれて書き始め、小説を書く面白さに目覚めた。

殺人事件をめぐる生々しいドラマを描くが、貫井さん本人はまっとうな印象の人で、しばしば「作品のイメージとずれがありますね」と言われるそうだ。

「性格が異なる人のことをなぜ書けるのかと問われると、『言霊が降ってくる』としか言いようがない。1センテンスを書くと、次のセンテンスが生まれてきます。人間の感情が書きたくて、事件を絡めると、事件との関係で人の感情が激しく動くので、それでミステリーを書いているんだと思います。最近、直木賞の候補になり、ミステリーを書く理由について質問されて、気がつきました(笑)。小説を書く面白さは、世界観です。自分の世界を丸ごと形にしたい。この小説の葛城のような人間は現実に存在しなくても、僕の世界にはいて、いろいろな人の価値観を照らし合わせることによって、僕の価値観が浮かび上がる手法を試みていきたい。俳優と同じで、変身願望が満たされるというか、自分と違う人になりきって、その人の考えで物語を書くのは面白い。そうして表れた僕のテーマが、読者に伝わったら嬉しいです」

(青木千恵)

『空白の叫び』・表紙

空白の叫び
貫井徳郎/小学館/各1,700円+税

※「有鄰」467号本紙では5ページに掲載されています。

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