Web版 有鄰

467平成18年10月10日発行

有鄰らいぶらりい

新大東亜戦争肯定論』 富岡幸一郎:著/飛鳥新社:刊/1,800円+税

刺激的、挑発的なタイトルである。大東亜戦争とは先の大戦で、日本側が使った呼び名。敗戦後、この呼称は米国を中心とした占領軍によって禁止され、太平洋戦争という呼び名が強制された。

たしかに米軍との戦争は太平洋が中心だったが、多くのアジア(東亜)地域で戦闘が行われたことも事実である。米国としては、この呼称の裏に、日本が戦争の大義名分にした「大東亜共栄圏(アジアが共に栄える)」があること、戦後アジアの国の多くが独立した実態があることも気に食わなかったに違いない。

そしてこのタイトルは、40年以上も前、作家の林房雄が発表、文論壇から轟々たる非難を浴びた表題に「新」をつけただけのものである。

敬虔なクリスチャンの大学教授(関東学院大学)であり、文芸評論家である著者の温和な人柄を知っている私としては、氏にも同様の事態が起こるのではないかと心配した。

しかし、あの戦争を西欧諸国による植民地化に対する、やむにやまれぬ百年戦争と捉え、占領軍による東京裁判史観を見直すことを説いたこの本は単純な「肯定論」ではない。与えられた「自由」「平和」のもとで、経済・物質至上主義に走り、同義的退廃に陥っている日本人の覚醒を促した憂国の書である。

沢彦』 火坂雅志:著/小学館:刊/2,100円+税

信長については謎が多い。幼少から「うつけもの」といわれていた信長が、なぜ天下覇業を成し遂げえたのか。ここに登場する師僧沢彦が重要な役割をはたしていたことはあまり知られていない。信長についての基礎史料といえば『信長公記』だが、そこにも沢彦は登場してこない。本書はその陰の存在であった沢彦を、ほとんど知られざる史料を追求して明らかにした労作である。

本書によれば、現在、名古屋市の政秀寺に沢彦の肖像画が保存されているという。具眼の人であったといわれる。織田一族の菩提寺に属し、幼少の吉法師(信長)に、禅宗だけでなく、兵学や漢学も講じた。生来の不羈奔放な性格は、沢彦から与えられた教養が加わって、信長という人格が形成されたようにみえる。信長だけでなく、徳川家康の幼少時代にも師僧として教えたという。

しかし信長が覇業を成し遂げるにつれて、沢彦は次第に嫌悪を示すようになる。とくに比叡山延暦寺の焼き討ちに対しては、「愚かな……」と怒った。やがて信長は本能寺で明智光秀に謀殺されることになるわけだが、そのへんの経緯でも、沢彦はたえず黒衣のように存在しており、歴史の謎を解くうえで興味深い。

藤沢周平 父の周辺』 遠藤展子:著/文藝春秋:刊/1,333円+税

『藤沢周平 父の周辺』・表紙

『藤沢周平 父の周辺』
文藝春秋:刊

早いもので、時代・歴史小説を書いて人肌のぬくもりを感じさせた藤沢周平が亡くなって10年になる。本書は、そのひとり娘が書いた藤沢周平の人間像である。

藤沢周平は、エッセイ『小説の周辺』で〈30代のおしまいごろから40代のはじめにかけて、私はかなりしつこい鬱病をかかえて暮らしていた〉〈私が小説を書きはじめた動機は、暗いものだった〉と語っている。

よく知られているように、藤沢は郷里山形で中学教師となったが、間もなく結核にかかり、上京して手術、一命はとりとめたものの、休職期間切れで退職、業界紙の記者になった。やがて結婚、一児をもうけたが、妻は産後の回復が悪く、そのまま他界。そこに残されたのが、本書の著者である。

藤沢は後添いをめとり、子育てに努力する。その幼少からの肉眼でとらえた父周平の日常が、なんともほほえましい。と同時に、藤沢作品の陰にあった人肌のぬくもりが、子供の目からとらえられていて、作家の秘密がよく読み取れる。

後添いとなった夫人も、優しい女性だった。周平の秘書となって尽力した。周平作品が次第に明るくなったのも、こうした背景があったからだろう。

美しい国へ』 安倍晋三:著/文春新書:刊/730円+税

“時の人”安倍晋三とはどんなことを考えている人か。政治家になって14年になるというこの人の政治理念を明らかにしたのが本書である。

タイトルにある「美しい国へ」というキャッチフレーズは、荒廃した世相の中で一服の清涼剤となるが、著者はたしかに新しいタイプの政治家であることがわかる。著者は冒頭でこう述べる。

政界には政局には強い関心を示すが政策にはあまり関心を示さない政治家がいたが、現在では、政策中心にものを考える傾向が強まっているのではないかと。著者はもちろん、“政策派”だというわけであろう。

本書は政見放送ではないので、具体性に欠ける点、あいまいな箇所もあるが、靖国、日中、拉致などについては、かなり突っ込んだ議論を展開している。とくに、日中関係については、日本の対中国貿易は対米貿易を上回っている(2004年)事実を指摘し、日中は政経分離の原則ですすめるべきだとしている。大いに賛同したいが、はたして中国が“共産党独裁”の下でどう変わるか、懸念しなければならぬ点もあろう。

ともあれ、新しい政治家の前途を祝福しながら見つめることにしたい。

(K・F)

※「有鄰」467号本紙では5ページに掲載されています。

『書名』や表紙画像は、日本出版販売 ( 株 ) の運営する「Honya Club.com」にリンクしております。
「Honya Club 有隣堂」での会員登録等につきましては、当社ではなく日本出版販売 ( 株 ) が管理しております。
ご利用の際は、Honya Club.com の【利用規約】や【ご利用ガイド】( ともに外部リンク・新しいウインドウで表示 ) を必ずご一読ください。
  • ※ 無断転用を禁じます。
  • ※ 画像の無断転用を禁じます。 画像の著作権は所蔵者・提供者あるいは撮影者にあります。
ページの先頭に戻る

Copyright © Yurindo All rights reserved.