乙一
少年が生きる世界は、甘くない。ビターチョコよりはるかに苦いが、それゆえに、凄く味わい深い世界だと思うこともできるのだ――。
主人公は少年リンツ。父はデメル、母はメリーで、リンツが崇拝する名探偵の名はロイズ。ロイズが追う怪盗の名はゴディバだ。父が死に、母とふたりで暮らすリンツは11歳で、名探偵ロイズに憧れている。父と市場で買った聖書に隠された宝の地図を見つけるが、地図が盗まれてしまう。盗んだのは誰か? リンツが見た、ロイズとゴディバの正体は? 血湧き肉躍る冒険譚が繰り広げられる。
「異世界ファンタジーを構築するつもりで書きました。カタカナ名を考えるのが難しかったり、恥ずかしかったりしたので、人物名はチョコレート・メーカーからとりました。僕はいつも、この小説の4分の1くらいの長さの小説を書いていて、その大半が4部構成でできています。今回は、4つの章の中に4つの場を考え、短編を繋げるような形で長編を作りました」
「起承転結」にのっとり精密に作られた物語には、少年の驚きや失望、突如起きる殺人、性格が破綻した大人の姿など、世の中にある曖昧さがたっぷり入っている。
「僕の場合、まずストーリーを組み上げて、キャラクター作りは後です。物語が転回する真ん中の折り返し地点が巧くできれば、今回の物語はだいじょうぶなんじゃないかなと思い、そこを目指して伏線などを張っていきました。前半は普通の児童書に見せかけて、真ん中からライトノベル的な、ある種メチャクチャな展開がある作りです。僕は、ホラーやアンハッピーエンドに抵抗がない人間で、子ども向けの本で苦い要素を書いても、物語として読んでもらえるんじゃないかと考え、リンツが大いなる失望を経験することは、初めから意図して書きました。中盤のショックな場面は、僕自身、書いていて辛い気持ちはありましたが……」
人気作家による全作書き下ろし、子どもも大人も楽しめる物語を集めた、講談社「ミステリーランド」の一作である。小学2年生から読めるようルビを多く使うことになっており、「できるだけすっきりさせたかったので、読みにくくなるのを覚悟の上で」ひらがなを多くした。だが、文章は読みやすく、的確な言葉遣いで、叙情性がある。
「相手に伝わることが肝心で、なるべく簡潔な文章にしようという気持ちはいつもあります。書きながら、映画のモンタージュ理論が頭をよぎることもありますね。全然別のカットでも、並べるとそこに相対的な意味が生まれるという方法で、文章に応用できるなと思っています。文学にいろいろ触れてみる前にデビューしたので、小説とは何だろうという基本的なことを、小説を発表しながら考えてきました。今は、やはり物語とは起承転結なのだろうと考えています。なぜ起承転結が最も受け入れられるのか、受け手にどんな心情的作用があり、どうすればより多くの感情的なショックを与えられるのか、土台から考えながら、物語構成をデザインすることを繰り返してきた感じです」
1978年、福岡県生まれ。96年に、『夏と花火と私の死体』で第6回ジャンプ小説・ノンフィクション大賞を受賞。17歳でデビュー、小説の業界に衝撃を与えた。2003年、『GOTH リストカット事件』で第3回本格ミステリ大賞。『暗いところで待ち合わせ』『ZOO』『失はれる物語』など著書多数だが、小説以外にも、漫画原作、芝居原案に関わる。大学時代から友人の自主映画製作の手伝いをしており、最近では映画脚本にもたずさわっている。
「もともと映画、ゲームにも興味があって、映像作りができる環境が広がってくると、関わってみたくなります。10代の頃から勉強と仕事ばかりで、僕もバイトとかしないといけないんじゃないかと悩んだこともありましたが、今はそれどころじゃなくなってきています。小説でも、映画でも、作ることにおける理論や技術をどんどん洗練させていくのが好きで、何が出てくるのか興味があるんです。映像なら、10年か20年かけて自主映画を20本くらい作ったら、自分にも満足のいく演出力が備わるのか、などと。映像で学んだことを小説に応用できればいいし、それぞれにいい影響をもたらしていく現象が起きるんじゃないかと考えています」
(青木千恵)
※「有鄰」465号本紙では5ページに掲載されています。