Web版 有鄰

465平成18年8月10日発行

有鄰らいぶらりい

安岡正篤一日一言』 安岡正泰:監修/致知出版社:刊/1,143円+税

岸信介、池田勇人、大平正芳などの歴代首相や財界首脳陣の精神的指導者として知られ、没年の1983年、細木数子との再婚でも話題になった著者の著作、講演録から366日分の寸言を収録。

著者自身「寸言こそ人を感奮興起させる」と言っていたらしい。その好例ともいえる「Boys,be ambitious(青年よ、大志を抱け)」について、著者は、この言葉を知らない人はいないが、「多く其の片鱗を伝えて、全きを知らず」と、後に続く言葉を紹介している。

大意は、「Be ambitious」とは金銭や利己的な誇り、名誉といった虚しいことのためではない。人としてまさにあるべき大望を持て、とクラーク博士は続けている、というのである。六本木ヒルズ族にでも聞かせたい言葉だ。

政財界人に影響を与えた東洋思想家、陽明学者というと何やら古臭いイメージがあるが、孔孟や仏典のほか、パスカルやカーライルの言葉を引くなど東西古今に及ぶ博識ぶりを示している。

しかし本人は、物知りというのは人間の本質的価値に何も加えない、と言っている。知識が見識となって、はじめて人生に対する思慮・分別・判断が生まれ、その見識を具体化するのが「胆識」。日本の名士には知識人は多いが、見識を持った人は少なく、胆識に至ってはほとんどいないと痛烈な言を吐いている。

耳痛い言葉が並んだ良書である。

うつし世の乱歩 父・江戸川乱歩の憶い出
平井隆太郎:著/河出書房新社:刊/1,800円+税

『うつし世の乱歩』・表紙

『うつし世の乱歩』
河出書房新社

わが国ミステリーの草分け的存在である江戸川乱歩の素顔を多面的に伝える興味深い一冊だ。乱歩はよく知られているように、アメリカのミステリー作家エドガー・アラン・ポーをもじったネーミングだが、当初は「藍峯」と書いたそうだ。江戸川縁を乱れ足で歩くから「乱歩」にしたとか。酒はあまり強くなかったが、乾分を連れて飲み歩くのが大好きで、山田風太郎は、「乱歩でなく、乱費だ」と言っていたそうだ。

藤堂藩の末裔に生れたが、父が商売に失敗し、乱歩は苦労覚悟で上京、早大予科、政経学部に通った。なかなか定職に恵まれず27回も職を替えたという。屋台を引いてラーメン屋もやったそうだ。大阪毎日新聞の広告部に就職したのがラッキーだった。

篇中、夫人の書いた短いエッセーが3篇入っているが、これが面白い。乱歩は太陽が大変きらいで、昼は眠り、夜になると仕事をした。その一面、政治家が好きで、政治家気取りをすることも多かった。

本紙「有鄰」での関係者による座談会も掲載されているが、エピソードだけでなく、乱歩の作品群を再読するうえで参考になる。

一応の推定』 広川 純:著/文藝春秋:刊/1,429円+税

「一応の推定」とは生硬な感じの否めない言葉だが、裁判用語で決定的な証拠が乏しく、多くの推定を重ねた結果の結論を言うらしい。

この作品で取り上げられるのは轢断の事故だ。関西のある駅のホームで、クリスマスイブの夜、初老の男が轢かれて即死した。飛び込み自殺だったのか。転落による事故死だったのか。決定的な証拠がないまま、警察は事故死として処理をした。事故死であれば、当人が加入していた傷害保険3000万円は即座に妻に支払われるが、自殺であれば1円も支払われない。そこで登場するのが、本書の主人公、保険調査所のベテラン調査員村越だ。

死亡した原因は、建築関係の下請け業者だったが、不渡り手形をつかまされて倒産、銀行から追い立てを食らっていた。そこへ孫が心臓の病気でアメリカの病院で手術を受けることになっていて、募金に奔走している最中だった。どう考えても、金が必要だ。クリスマスイブの日、病院へ孫の見舞いに出かけて行ったが、いつもは車を利用するのに、この日に限って電車で行った。その帰りに死亡したのだ。

保険会社は警察の見解とは異なり、あらゆる状況から自殺と推定した。だが……。

著者は調査の専門家だけに微細精巧に推理を組み立てていく。最後まで気が許せない。松本清張賞受賞作。

日本共産党』 筆坂秀世:著/新潮新書:刊/680円+税

かつては“鉄の規律”を誇ったマルクス・レーニン主義の政党、日本共産党は現在、どのような政党になっているのか、筆者はさっそくむさぼり読んだ。

著者は“鉄の規律”からは縁遠い。高校卒業後、銀行に入り、職場の先輩を通じて日本民主青年同盟に入り、18歳で共産党に入ったという。その後、党員の秘書になったのをきっかけに政界入りし、参議院議員に当選、党政策委員長というナンバー4の地位にまでのぼりつめた。

ところが好事魔多し、女性とのスキャンダルを起こし、議員辞職、離党にまで追い込まれた、という経歴である。獄死した戦前戦中の共産党員の難行苦行から見れば、砂糖菓子のように甘い話だ。

もちろん、そんな甘い話ばかりではない。党内民主主義が確立されておらず、運営は常任幹部会が牛耳っていること、議員候補はすべて党が指名することなどなど。

共産党の活動でひときわ注目されていたのが秘書団の調査だったが、しかし、それも最近では、調査費が思うにまかせず、沈滞気味らしい。宮本顕治、不破哲三といった大幹部の権威も過去ほどでないという。要するに日本共産党も、現代人の組織となりつつあるのだろうか。

(K・F)

※「有鄰」465号本紙では5ページに掲載されています。

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