Web版 有鄰

460平成18年3月10日発行

「下流」に生きる若者たち – 特集1

三浦 展

人生への意欲が低い人たち

『下流社会』・表紙

『下流社会』
光文社新書

中流社会は、戦後の日本では、1950年代後半から1970年代前半にかけての高度経済成長期に生まれた。つまり、貧しい「下」の階層が減り、サラリーマンであり、財産は特に持たないが、所得が毎年増えて生活水準が向上していくという期待を持つことができる「中」の階層が増えたのである。

だから、いま階層格差が広がっているとすれば、「中」が減って、「上」と「下」に二極化しているということである。もちろん、二極化と言っても、「中」から「上」に上る人は少なく、「下」に落ちる人は多い。つまり「中」が「下流化」しているのである。

しかし、ここでいう「下流」は、「下層」ではない。「下層」というと、食うや食わずの困窮生活をしている人というイメージがする。だが私が言う「下流」は、食うや食わずとは無縁の生活をしている。それどころか、下流は、昔の下層とは対極にある。

昔の下層は、働いても働いても豊かになれない人だった。言い換えれば、生産・労働だけをして、消費ができない人だった。ところが今日の下流は、生産・労働はあまりせず、消費や娯楽を中心に時間を過ごしている人たちである。

ではどこが「下」なのか。

それは意欲である。勉強したり、働いたり、結婚して子供を作って家を買ったり、という中流社会においては誰もが自明のものとして受け入れたことへの意欲が、つまり総じて人生への意欲が低いのである。

団塊ジュニア世代に顕著な二極化

中流意識の変化(グラフ)

中流意識の変化
2004年は筆者作成、1973年・201X年はカルチャースタディーズ研究所作成。
『下流社会』から

そこで私は、近年、若い世代を中心に、彼らの階層意識と消費、価値観などの関係を研究してきた。

そこから明らかになったのは、現在の30歳前後の世代における「下流化」傾向である。

現在の30歳前後は、1970年代生まれである。つまり、日本の社会が中流化を完成させてから生まれた世代だ。

彼らは著しい貧富の差を見たことがないまま育った。郊外の新興住宅地では、同じような年格好の、同じような年収の人が住み、同じような家に住み、同じような車に乗っている。みんながそこそこ豊か。それが当たり前なのだ。だから、「下」から「中」へ上昇しようという意欲が根本的に弱い。「中の中」から「中の上へ」という上昇志向も弱い。

ところが、この団塊ジュニアがこれから生きていく社会は、おそらくこれまでとは反対だ。成果主義型賃金体系の導入により、同じ会社に勤める同期の人間でも、30歳をすぎれば給料が倍も違ってくる。もちろん、フリーターなど非正規雇用者が多いので、年収200万円以下もざらである。他方には、IT関連などで巨富を得る若者もいる。

若年層で下流化が進行

私が2004年に行った「欲求調査」をもとに世代別男女別の階層意識を見てみよう。「あなたの生活水準は次のどれにあてはまると思いますか」と尋ねた。すると団塊ジュニア男性は、なんと48%が「下」だったのである。

そこで、内閣府の「国民生活世論調査」を見てみると、たしかに25〜34歳で「下」が増えている。94年の20〜24歳の男性は「下」が26・5%だったが、99年に25〜29歳となると34・4%、04年に30〜34歳となると39・8%と13・3ポイントも増加している。

同様に94年の20〜24歳の女性は「下」が22%であり、99年に25〜29歳となったときは21・3%で、ほとんど変化がないが、30〜34歳では「下」が32・6%に11・3ポイントも増えている。

以上のように、団塊ジュニア世代は、男女ともに、この10年間で最も階層意識を低下させた世代だと言えるのである。

5歳若い世代はどうか。99年の20〜24歳の男性は「下」が28・2%だったが、04年の25〜29歳は38・4%であり、10・2ポイントも増えている。また「上」は、16・0%から8・9%に半減している。女性も同様で「下」が19・0%から26・8%に増え、「上」が19・6%から11・9%に減っている。

このように、現在30歳前後の世代で、過去5年から10年の間に非常に大きな階層意識の低下があったのである。

自分の給料は上がっていくのか、自分の会社はつぶれないか、自分の親はいつまで元気か、つまり自分たちはこれまでのように中流でいれられるか、といった不安が、30歳前後を襲っているのである。中流社会で生まれ育った彼らにとっては、中流でなくなることは恐怖なのである。

年収300万円では男性は結婚できない!

次に、団塊ジュニアの階層意識と配偶関係の相関を見てみよう。すると、男性では未婚者の7割以上が「下」と答えている。

また、男性の年収と配偶関係の相関を見ると、年収が上がるほど既婚率が高まることが明らかである。

150万円未満では結婚の可能性はないし、300万円未満でもかなり厳しい。300万円を超えるとようやく結婚が可能になり始め、500万円を超すと一気に結婚が現実になり、700万円を超えると9割、1,000万円を超えると100%結婚できるという数字である。

パラサイトシングルというと、リッチで優雅な独身貴族というイメージがあるが、さすがに30歳をすぎると、そうでもないらしい。

やはり普通は、正社員で、安定した収入があって、初めて結婚ができる。ところがバブル崩壊後の雇用情勢の変化により、正社員になることが難しくなった。若い世代にも、フリーター、派遣社員のほうが、自由気ままでいいやという価値観が広がった。結果として、所得の少ない男性が増え、結婚できない男性が増えたのだ。

下流ほど自分らしさ志向が高い

もちろん、結婚できないのではなく、結婚しないのだという人も多いだろう。結婚や子育ては、仕事と同様、面倒くさいものとして拒否されている面もある。

たとえば、「あなたが生活全般で大事にしていることは何ですか」という問いでは、団塊ジュニアの男女ともに「個性・自分らしさ」が「下」ほど多いという非常に興味深い結果が出た。個性や自分らしさを重視する価値観からすれば、個性や自分らしさを阻害する仕事や結婚はしたくないということになる。結果として、経済的・精神的な自立と安定が得られない面もあるのである。

そもそも、自分らしさ志向が高いことは、自分らしさを持っていることを意味しない。自分らしさを志向しているのに、思うように自分らしさを実現できないと感じる者は、しばしば生活満足度や階層意識を低下させるだろう。

また、自分らしく仕事ができて、しかも高収入の仕事はなかなかない。そのために自分らしさ志向の者ほど低収入となって階層意識が低下していくという可能性もあるのではないかと思われる。事実、自分らしさ志向派と非自分らしさ志向派で見た場合、自分らしさ派のほうが階層意識が低くなっている。また、生活満足度点数も自分らしさ派のほうが低い。自分らしさ派でありながら、階層意識も満足度も低い人がいることは、今後の社会にとって大きな問題になるだろう。

下流社会のゆくえは?

人口の多い、そしてフリーターも多い団塊ジュニアが、これから40歳に近づいていく。これから数年の間に、男性なら、早い人は部長になる。家を買う。同級生が出世した、家を買ったという話は、出世していない者、家をまだ買っていない者にとっては、結構、プレッシャーになる。まして、フリーター、無業者は、平気でいられるだろうか。

よほど自分の好きなことを見つけ、好きなことだけをして生きていられればよい。そして、できればそれで年収300万円でもいいから稼げるようになっていればよい。

しかし、好きなことで稼げない人、好きなことを見つけることすらできなかった人も、たくさんいるはずだ。そういう人々のなかから自暴自棄になって自殺や犯罪に走る人間が出るとしても不思議ではない。私としては、そうならないことを祈るばかりである。

三浦 展
三浦 展 (みうら あつし)

1958年新潟県生れ。消費社会研究家、「カルチャースタディーズ」主宰。
著書『下流社会』 光文社新書 780円+税、『団塊世代を総括する』 牧野出版 1,500円+税、ほか。

※「有鄰」460号本紙では1ページに掲載されています。

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