Web版 有鄰

460平成18年3月10日発行

本田由紀ほか と『「ニート」って言うな!』 – 人と作品

昨今のニート論に疑問を投げかけた

本田由紀
本田由紀

増加したのは失業者とフリーター

景気がようやく好転してきた。雇用情勢は改善しているが、長い不況と就職氷河期の荒波をくらったのが、若者たちである。

「第二次ベビーブーマーは人数が多く、景気の変動がなくても就職が厳しいだろうと予想されていたんですね。彼らの第一陣が卒業するころはバブル期で、さらに下の世代の人口減を見込んで企業が大勢採用したので大きな問題にならず、政府も対策を講じなかった。ところがその後に不況がきて、若年労働問題が一気に悪化したわけです。」

内閣府の「青少年の就労に関する研究会」の調査によると、求職活動をしていない若年無業者の数は約85万人という。無業の若者が増えるなか、「ニート」という言葉がメディアに多くみられるようになった。イギリスで生まれた「NEET」(Not in Education, Employment or Training)、「学生でもなく働いてもいない」人の意味だが、<「ニート」言説という靄が2000年代半ばの日本社会を覆い、視界を不透明にしている>と、昨今のニート論に疑問を投げかけた本が、『「ニート」って言うな!』である。

本田さんと、社会学者の内藤朝雄さん、東北大学在学中の後藤和智さんの共著で、インターネットのブログで本をつくろうと3人が合意してから、約3か月後の今年1月に出版された。

発売1週間で1万部増刷。通常の新書に比べて、中高年よりも19〜29歳の若者に売れている。タイトルが、若者の声を反映しているのかもしれない。

「ニート論が盛り上がってきたころ、私は『若者と仕事』という本を書いていて、フリーター論を深めるほうが重要だと思うけれど……と、横目でみて思っていました。昨年4月に本を出し、肩の荷がおりた段階で世の中の状況を観察すると、求職行動をとっていない無業者をニートと一括りにし、若者がたるんでいて、道徳教育や心のケアをして人間性をたたき直す必要があるとの論調になっていた。若者と労働市場の実態と世の中の認識がずれているので、言わなくてはと思いました。」

本田さんの専攻は、教育社会学。客観的なデータに基づいて<いつの時代でも、若者のすべてが働いていたわけではなく、仕事をしていない状態の若者が社会の中で生きていた>と、世の中が「ニート」としてイメージする働く意欲のない人=「非希望型」の若者の数は増えていず、むしろ大きく増えたのは「求職型」=失業者と「フリーター」だと論証している。

また、「学校経由の就職」(新規学卒一括採用)が主体の日本型の就職構造について、もう時代に適応しないと問題点を挙げている。

「具体的なスキルと知識がほとんどない、甲羅を持たない蟹のような若者を学校が送り出し、企業が粘土のようにこねて企業向きの人材につくっていく雇用形態では、雇用抑制のあおりが若者にくる。また、スキルや知識ではなく企業を甲羅にしているようでは、中高年になっても不安を抱える人材になってしまう。学校である程度の専門的職業能力を身につけることができれば若者の適応力は強まる。たとえ柔らかい甲羅でも、一定の甲羅を背負った人材を採る方が、企業にとっても効率的だと思います。」

大きくなった世論に研究をふまえて対論を張る

1964年徳島県生まれ。東京大学社会科学研究所助教授。他の著書に『若者と仕事』(東京大学出版会)、『多元化する「能力」と日本社会』(NTT出版)がある。

研究室は本の山。研究をふまえてだとしても、大きくなった世論に対論を張るのは勇気がいるだろう。何しろ今年に入っても、大手経済誌の表紙に「一度入ったら抜け出せないニート、フリーター」との見出しが踊っており、いかに稼ぐか、「下流」転落をいかに防ぐかの特集がメディアでは花盛りなのである。

「不況が続いて労働市場が狭くなると、パイの奪い合いになり、いかに『人間力』をつけて人より賢く立ち回るかというハウツー言説があふれてくる。そのような曖昧なものが社会の格差づけに繋がるよりも、もっと具体的に、どんなスキルと知識が有効で、それがどんな形で社会との関係を取り結び、全体の創造性やコミュニケーションを広げていくかについて、産業界・教育界・労組・行政が対話を深めた方がいいと思う。政府が若者支援に乗り出していますが、若者に対する曖昧で間違った先入観があると、施策の方向をゆがめてしまう。」

(青木千恵)

『「ニート」って言うな!』・表紙

「ニート」って言うな!
本田由紀・内藤朝雄・後藤和智/光文社/800円+税

※「有鄰」460号本紙では5ページに掲載されています。

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