Web版 有鄰

455平成17年10月10日発行

書店員の声をとどけたい —「本屋大賞」の創設— – 特集2

杉江由次

書店員が選ぶ賞をつくろう

第1回「本屋大賞」発表会

第1回「本屋大賞」発表会

酒を飲みながらの話は、ほとんどその場かぎりになるのが常なのに、なぜか2003年年頭に、とある書店員さんと酒の席で交わした会話は、翌日になってもギラギラと頭のなかに残っていました。

それが「全国書店員が選んだいちばん! 売りたい本 本屋大賞」、いや、その時点では、まだその名前もなかった「書店員が選ぶ賞をつくろう」と走りだす初めの一歩でした。

まず、いつも営業でお会いしている書店員のなかで、興味のありそうな人に声をかけ有志実行委員会を結成しました。私はお手伝いとして、運営や事務連絡、書類作成等、裏方の仕事を引き受けることにしました。

これは全実行委員に言えることですが、生業とは関係なく、個人として参加しています。ですから私は「本の雑誌社」という書評を中心にした出版社で働いておりますが、仕事として本屋大賞には参加していません。

とにかく既成のやり方とは別の方法で、面白い本がいっぱいあることを伝えたい、それから、日頃お世話になっている書店員の力になりたいという一心で手伝っていきました。

その日から約半年ほどかけて、賞の名前を決めることから始まり、選考方法、投票方法と次から次へ沸いてくる課題を、それぞれ仕事の終わった夜半に集まり、誰かの終電が来るまで議論し、決めていきました。

もっともっと多くの人に本を読んで欲しい

その間、実行委員の誰もが「なぜこんなことをしているんだろう?」と疑問に思ったはずです。

なぜなら、この組織は完全なボランティアで、例え結果が出ても誰も直接的に利益が出るわけではないのです。おまけに運営資金もまったくなく、会議の場にはペットボトルのお茶があるだけでした。ただただ本が好きで、本を売ることも同じくらい好きで、もっともっと多くの人に本を読んで欲しくて集まっただけで、日中の仕事で疲れた身体を引きずり、しかもここではライバル書店とも一致団結して少しでも良い賞が出来るように議論しなければならないのですから、疑問を感じて当然です。

それでも、そんな疑問は議論を重ねていくうちに自然と消えていきました。なぜなら、とても「楽しそう」に思えたからです。それまでの文学賞は、作家や評論家が決めるものがほとんどで、書店員はその結果を受けて売るだけの受動的な立場におりました。

面白かった本・お薦めの本がいっぱい胸のなかに

しかし今回、もしこの本屋大賞をしっかり作ることが出来たら、書店員自身が選んだ本を積極的に販売することができるわけで、実行委員とはいえ、いつの間にかどの本に投票するか?頭のなかにたくさんの書名が渦巻くようになりました。

そうなのです。書店員は、他の例えば電器屋さんや洋服屋さんのように売場でお客さまに積極的に声をかける販売方法はとっておりません。ですから、本当はこの本が面白かったとか、あの本がお客さまにはお薦めです、なんて胸のなかにいっぱい詰まっているのに、それを伝えることができないのです。面白い本、あるいは読んで欲しい本があるのにそれを伝えられない、これほど苦しいことはありません。

そんな楽しみと苦しみを感じていた書店員が多かったようで、2003年9月に「本屋大賞」の創設を公式に発表すると同時に、多くの書店員が賛同の声をあげてくれました。有隣堂さんからも多くの人が賛同してくれました。また、一般のお客さまのなかでも、これは良い賞だから近所の本屋さんに参加するよう宣伝してきますと、チラシの配布を申し出てくれる方までいらっしゃいました。実行委員としては、このとき初めて外部の方に本屋大賞が認められ、少し安心することができました。

国内の小説ベスト3を投票、上位10作品で二次投票

本屋大賞はすべて書店員による投票で決める文学賞なのですが、どのように決めるか紹介させていただきます。

まず一次投票では、それぞれその年に出た国内の小説のなかから自分自身のベスト3を投票します。その集計の結果、上位10作品をノミネート作品として、それを約1か月半の間に、すべて読んだうえで二次投票を行います。1か月半の間に10作品読むというのはなかなか大変なことですが、それは書店員としてのプライドをかけて、難しい課題を設けました。また、すべて読むということによって、書店員自身も今まで読んでいない作品を読むことになるわけで、それはそれで読書の幅を広げる発見の場になっています。

また本屋大賞以外にも「発掘部門」というものを設け、こちらは小説・新刊に限らず好きな本を推薦しています。集計はしませんが、バラエティーに富んだ本があがり、とても面白いものになっています。

第1回大賞は、小川洋子著『博士の愛した数式』

『博士の愛した数式』・表紙

『博士の愛した数式』
小川洋子:著

そんな2つの投票を乗り越え、第1回目の本屋大賞は、全国延べ242書店284人の書店員が投票に参加し、2004年4月12日に発表しました。

大賞は『博士の愛した数式』小川洋子著(新潮社)に決まりました。こんな生まれて間もない賞のために小川さんは関西から発表会に駆けつけてくれました。そして

「書店員という書物に対して最も尊敬を寄せてくれている方たちから、この記念すべき第1回目の本屋大賞を頂いて、本当に嬉しく思っています。これまで多くの書物を書いてきましたが、自分の書物が世の読者の心に届いているのか、常に不安と孤独を感じていました。でも、今日会場にある手作りのPOPを見て、『あなたの作品をしっかり世に届けていますよ』というみなさんの思いが感じられ、みなさんに背中を押され、励まされた気持ちです。明日からまた読者の心に届くよう書物を書いていきたいと思います」

と実行委員の想像以上に喜んでいただきました。発表会に参加された書店員の目にも涙が浮かんでいました。

ちなみに本屋大賞の賞品は10万円分の図書カードとトロフィーと書店員が書いたPOPだけです。他の文学賞はもっと高価なものが贈られるようですが、気持ちのこもった推薦文が書かれているPOPをとても喜んでいただけたのがうれしかったし、印象に残りました。

ところが、うれしさはそれだけでは終わりませんでした。大賞発表後、想像以上の反響があり『博士の愛した数式』があっという間にベストセラーになっていったのです。投票に参加した書店員は自分たちが選んだものがこのように影響を与え、売れていくことを初めて経験し、恥ずかしさを感じつつも誇らしい気持ちで売場に立っていたと思います。

そんな成果をあげた第1回を受け、1年後に第2回目を開催しました。

第2回大賞は、恩田陸著『夜のピクニック』

『夜のピクニック』・表紙

『夜のピクニック』
恩田陸:著

2回目は、1回目の約1.5倍の延べ389書店456人の書店員が参加し、『夜のピクニック』恩田陸著(新潮社)が大賞作品に選ばれました。

有隣堂のSさんは、自身の学生時代の経験を重ねつつ、「読後感のさわやかな作品で、何かに例えれば、ユーミンが歌う『あの日にかえりたい』。あの歌のフレーズそのままの作品でした。」と推薦しています。

恩田さんにもこの受賞をとても喜んでいただきました。

「小説家として初めていただく賞が本屋大賞で本当にうれしいです。今回初めて賞というものをいただいて、改めて賞というものは恐いなと思ったんですけれども、選ぶ方も選ばれる方もいろんな意味で責任が生じるし、この結果がずっと残っていくというのもやっぱり恐いことだなと思いました。しかしこれから10年、20年と経ってやっぱり本屋大賞の本は信頼できるよね、今もスタンダードになって残っているよね、と言われるような賞になってもらいたいですし、私も選んでいただいた皆さんを後悔させないよう良い作品を書いていきたいです」と話していただけました。

この2回目も成功に終わり、今までなかなか届けられなかった書店員の声が、お客さまにしっかり届いたことをうれしく思っています。またその責任の重さもしっかり理解して、次の本屋大賞に何を投票するか、今現在たくさんの本を読んでいます。

また我々実行委員も、これからも5回、10回と続けていけるよう頑張って参りますので、お客さまには、4月初めの発表を楽しみしていただければと思ってます。

書店員の声なき声に耳を傾け、本選びの参考に

また、いつも書店員がどのような気持ちで売場に立っているかということを、第2回の発表会の締めの挨拶として実行委員のひとり、ときわ書房の高頭佐和子さんが語っておりましたので、最後にその言葉を引用させていただきます。

「本というのは、その本を好きな人にとっては、本当に宝物なんだと思いました。その宝物になる最後の現場に居合わせられるってこと、本当に幸せな仕事だと思います。ですから書店員のひとりとしてその幸せな立場でひとりでも多くの方に宝物と出会えるような売場を作っていきたいです」

本屋大賞という「賞」だけでなく、さまざまな書店員の声なき声に耳を傾け、本選びの参考にしていただけたらと願っています。

<本屋大賞ホームページ>https://www.hontai.or.jp/(別ウインドウでオープン)

杉江由次
杉江由次(すぎえ よしつぐ)

1971年埼玉県生れ。「本の雑誌社」営業部長。「本屋大賞」実行委員。
WEB本の雑誌」(別ウインドウでオープン)で「炎の営業日誌」を連載中。

※「有鄰」455号本紙では4ページに掲載されています。

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